浅香光代 大物政治家Xは誰か?
浅香光代 大物政治家Xは誰か?
大物政治家と不倫してできた子供がいると
告白し、隠し子騒動になった浅香光代さん
しかし、その名前は決して明かされなかった。
89歳になった今、名前が明かされるかと番組では
目次
浅香光代の隠し子騒動とは
浅香光代さんには子供が2人いてシングルマザーで
育てていた。
その父親については大物政治家としか語られていなかった。
元首相ではないか
それが2014年4月14日に出席したイベントでその父親が大物政治家は誰なのかと質問を受け「元首相」と認めた。
しかし、その直後「首相になりかけたが、なれなかった人」と訂正した。
さらにいろいろな憶測が飛ぶ。
「本当は元首相なのではないか、と見る人も多いんですよ。あまりにも大物すぎて憶測報道されるとまずいので、慌てて否定に走ったのでは」
とも言われた。
1つ目の憶測は
2014年1月に浅香さんは「婦人公論」に告白していた。
20代の頃に政治家と不倫していた。
その相手とは当時大蔵大臣だった泉山三六の紹介で知り合い、後に自民党の重鎮となったS氏(故人)だと
当時内閣を見ると、泉山が第二次吉田内閣の大蔵大臣を務めていた。そして同じ内閣で官房長官を務めていたのが、佐藤栄作さん
それで「佐藤栄作」さんではと憶測がでた。
2つ目の憶測
K氏。自民党内で要職を歴任した人物で、浅香とも生前には接点があった。私生活では艶福家で有名でしたが、不思議とスキャンダルが表に出なかった
その他の憶測
福田赳夫さんというのは浅香光代さんは否定している。
別のインタビューでは
子どもには「(父親は)飛行機から落ちて死んだ」と伝え60年間、隠し続けてきたという。「60年隠しているのは大変だけど言いたくなかったんです。私みたいな、今は役者やタレントは偉い人にもなれるけど、昔はそうではなかった。私みたいなのが立派な人の子どもを産んだといったらその人の名前が傷つく。だからその先生を好きだったからどんなことがあっても言いたくなかった」と複雑な胸中を吐露した。
現在、その政治家と夫人は亡くなっているといい、夫人から「『私は別れるからうちの主人と一緒になって』と言われたけど、申し訳ない」と回顧。夫人に対して「私はろくな死に方をしない」と悔やみながら自身の最期について「もう2年ばかり長生きして皆さんにご奉公して旅立っていきたい。あと2年でいい。(100歳までは)今はすごく元気ですから、皆さんに教えたりして『元気だったのに死んじゃったの!?』っていう最期がいい」と話していた。
Oricon news より
浅香光代のプロフィール
本名 北岡 昭子
生年月日 1928年2月20日(89歳)
出身地 東京都千代田区神田
国籍 日本
血液型 B型
職業 女優
配偶者 世志凡太(内縁の夫)
愛称 ミッチー
身長 163.5cm
浅香光代vs野村沙知代の「サッチー騒動」をおさらい!内縁の夫や隠し子、愛人だった政治家とは? https://t.co/oaadmXgMLn pic.twitter.com/zXVTcRygHD
— 斜め上からこんにちは (@nanameuekarakon) 2017年9月8日
「女剣劇界の中心人物」
女性ながらのかっこいい殺陣(たて)をすることで
一世を風靡した女優。
女性らしさで太ももをチラリとみせる色気も世の男性をくぎ付けに、
「チラリズム」の概念を作ったと言われている。
経歴
1937年(昭和12年 9歳で浅香新八郎、森静子に弟子入り。
1942年(昭和17年) 14歳で浅香光代一座を組む。
1955年(昭和30年) 大江美智子、不二洋子らと共に女剣劇全盛時代を創りあげる。
1979年(昭和54年) 「演劇舞踊浅香流」を創始。多数の門弟の指導にあたっている。
2006年(平成18年) 武蔵野学院大学日本総合研究所客員教授に就任。
2009年(平成21年) 春の叙勲において旭日双光章を受ける。
世間を騒がせたサッチー問題
浅香光代さんの愛称は ミッチー
野村佐知代さんの愛称は サッチー
二人が敬遠の仲になったきっかけは
番組企画等でお笑いタレント等に殺陣や演技指導するという企画があり、
野村佐知代さんにも剣劇を教え舞台で共演した。
そしてTBSラジオ『大沢悠里のゆうゆうワイド』の降板前最後の回(1999年3月31日)の放送で、野村沙知代さんを批判
ワイドショーも連日この話題を取り上げ盛り上がったよう。
しかし沙知代さんが脱税で逮捕(2001年12月)され
一旦収束したように見えたが
その後、2004年、野村沙知代さんに対する名誉毀損で110万円の支払い命令を受けることになる。
佐知代さんは野村克也さんの奥さん
浅香さんは、野村さんの宿敵の長嶋茂雄さんの大ファンということや。
佐知代さんと野村さんはW不倫から結婚した人
一方浅香さんは愛人のまま、身を引いた人
ことごとく合わない人だったのではないか。