「オリヒメ」は吉藤健太朗の引きこもりが開発に活きた分身ロボット

「オリヒメ」は吉藤健太朗の引きこもりが開発に活きた分身ロボット

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吉藤健太朗(吉藤オリィ)は引きこもりだった

吉藤健太朗さんは吉藤オリィとして活動しています。
株式会社オリィ研究所の代表取締役所長をしています。

そのオリィを使った名前なのですね。
オリィは好きだった折り紙が由来だとか。

1987年11月18日 生まれの32歳

折り紙が好きになったのは、引きこもりだったからだそうです。
小学校5年生から中学校2年生まで引きこもりをしていました。

ただ普通の折り紙を折っていたわけではありません。
マニュアル通りに作るのはむしろ苦手だったそうです。

オリジナルな折り紙、空間の折り紙を折っていました。
代表的な折り紙は名付けて「吉藤ローズ」

大学では「オリガミ王子」と呼ばれていました。

頭の中で作りたいものの設計図を考え、作ってしまうのでしょう。

折り紙、ロボットにより引きこもりを卒業

病気が原因で長期に小学校を休み、そのまま行きにくくなり、
引きこもりになってしまった吉藤健太朗さん。

父親が教師だったこともあり、吉藤健太朗産の中ではとてもプレッシャーだったようです。

しかし、両親はとても温かく見守っていました。
初めはなんとか学校に行かそうとしたそうですが、
「学校に行かなくてもいいよ」と
決して無理強いしなかったのです。

キャンプなどに連れ出して、楽しいことを体験させてくれたそうです。
そして、どんどん折り紙にハマっていったそうです。

人から「すごい」って褒められるものが当時は唯一「折り紙」
自信が持てるものを持つと言うのは大事なことなのでしょう。

引きこもりで折り紙が得意だった吉藤健太朗さんを変えたのは
そんな母の勧めだった

「あなたはロボットを作れるに違いない」

NHKの『高専ロボコン』はテレビでよく観ていたので、できるかもしれないと思ったそうです。

虫型ロボット競技大会に参加し、地区で優勝をします。
その1年後、各地区の優勝者によるグランドチャンピオン大会で
準優勝になります。

吉藤健太朗さんにとっては、優勝できなかったことがとても悔しかった経験だったとか。

これがきっかけで引きこもりを卒業し、中学校に行けるようになるのです。

孤独を無くすためにロボット作りを

ロボット作りを夢中になるために高校に進学します。
「奈良のエジソン」と呼ばれる久保田憲司先生がいたからです。

吉藤健太朗さんは、人とのコミュニケーションが嫌いでした。
ロボット作りはチームで行うために、人との付き合いが難しかったそうです。

高校では、先輩の引継ぎでもあり車椅子のロボットと関わるようになります。
しかし、「車椅子ってぜんぜん完成されてないな」と思ったそうです。

車椅子をどうしたら使いやすくなるのだろうと話を聞いていくうちに
あることに気づきます。

使いやすくすることが大事なのではなく「孤独を無くすことが大事」という気づくのでした。

自分が引きこもりで感じた「孤独感」を無くすロボットを作りたいと思うのでした。

黒い白衣がトレードマーク

早稲田大学に推薦入学後、「人のコミュニケーション」を作ろうと決心します。
孤独を無くすロボットを作るにしても、自分には、その意味、環境がわからない
と思ったからでした。

いろいろなクラブに入部したり、山のロッヂでのアルバイトでしたりしました。
そして、初めて友情の意味が分かったと言います。

「その人のためには損得を考えない」そんな人が沢山できたそうです。

大学に入って、黒い白衣を着だしました。
引きこもりだった頃、人の目がとても怖かった。

5万人もの学生がいる中で、自分に合った友達を探すのは大変なこと
それを克服するために黒い白衣を着ることでひとつフィルターをかけることで
友人に近づけるような気持ちもあったそうです。

オリヒメは結城明姫さんとの出会いで

人のために役に立つロボット作りたいと思っていた吉藤健太朗さんは
試作品を作ります。

人型ロボットで人とのコミュニケーションを重心に置いたロボットで
物を持ったり、歩いたりする必要のないロボット。

「OriHime(オリヒメ)」たどり着きます。

見てもらうと、「テレビ電話もある現在、このツールがなぜ必要かわからない。」
と低評価でした。

そのため、大学で単位を取るのは、無理と考え、卒業は諦めたそうです。
「オリィ研究所」を作り、オリヒメの開発に没頭します。

オリヒメは、モノづくりコンテストに優勝します。
それを知った病院の看護師から一週間のレンタルの依頼が来ました。
白血病のために家族と接触を禁じられている少年のために使いたいとの連絡でした。

しばらくすると看護師から再び連絡がありました。オリヒメに不具合があったのかと
不安でいると、少年がとても喜んでいて、レンタルの延長の依頼でした。

自信を深めた吉藤健太朗さんにさらに結城明姫さんとの出会いで会社を立ち上げることになります。

結城明姫さんも結核で長いこと入院し、人と会うことができず、孤独を強く感じた経験がある人でした。

「チームを作らなければいけない」本当の意味で“孤独の解消”するなら
オリヒメを人に広めなければ、一個人では難しいと力説されたそうです。

結城明姫さんは、自分の地位を捨てて吉藤健太朗さんと「オリヒメ」を世界に広めるために
ビジネスを始める事となります。

「オリィ研究所」は2012年「オリィ研究所株式会社」になりました。

番田雄太さんとオリヒメの出会い

「オリヒメ」の存在を知った番田雄太さんは吉藤健太朗さんに連絡をします。
4歳で交通事故に遇い脊髄損傷で寝たきりを20年間送ってきた人でした。

学校に行けなかったこともあり、友達もいなかった。
生きていることが辛かったと番田雄太さんは後に言っていました。

オリヒメの開発には番田雄太さんの意見を聞いて進んでいったそうです。

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吉藤健太朗(吉藤オリィ)が逆転人生に出演

2020年2月10日(月)22時00分~22時50分の放送の逆転人生は

逆転人生
「“人づき合いが苦手”から大逆転!新進気鋭のロボット開発者

世界が注目するロボット開発者が登場!吉藤健太朗さん(32歳)は人づきあいが極度に苦手で、3年半ひきこもっていた。
逆転のきっかけになったのは、なんと“折り紙”!?

番組内容
いま注目!分身ロボット「オリヒメ」の開発者・吉藤健太朗さん(32歳)。
アメリカ経済誌で田中将大さん、錦織圭さんと並び、“アジアを代表する30歳以上の若きリーダー”に選ばれている。極度のコミュ障で、部屋で「折り紙」に没頭していたという暗黒の少年時代。これが後に人生の逆転につながった。
スタジオには話題のロボットが登場!山田ルイ53世さん、市川紗椰さん、山里さんと“コミュ障”あるあるトークで盛り上がる。

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