Juju(野田樹潤)は欧州F4初戦でポールトゥウィン!鮮烈デビュー

Juju(野田樹潤)は欧州F4初戦でポールトゥウィン!鮮烈デビュー

野田樹潤(Juju)はF1で女性初の優勝レーサーを目指し、14歳でデンマークF4レースに参戦

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Juju(野田樹潤)は日本人初女性F1レーサーを目指し、まだ女性でF1優勝した人がいないため、初の女性F1レーサーになることを目標としています。
日本では、年齢制限で中々レースに参加できないために、
2020年からデンマークに拠点を移し、F4レースに参戦する。

Juju(野田樹潤)はF4でポールトゥウィンで戦列デビュー

欧州デンマークで開幕した「F4 デニッシュ チャンピオンシップ」
2020年6月21日に無観客開幕しました。

予選では、2位でしたが、トップがペナルティを受けたためJujuはポールポジションを獲得しました。

「スタートからゴールまで絶対に気を抜かない」と自分に言い聞かせていたといいます。

コースは古いコースと新しいコースが混じっていてとても難しいコースと言われているサーキットだといいます。

17人中14人が男性だった。
14歳という年下のレーサーですが、一度もトップを奪われることなく優勝しました。

初戦、ポールトゥウィンと絶好調です。

Jujuのプロフィールは

氏名   野田樹潤(のだじゅじゅ)
通称   Juju
生年月日 2006(平成18)年2月2日
年齢   14歳
出生地  東京都
出身地  岡山県美作市
居住地  デンマーク
家族構成 父、母、姉、弟
ペット  犬7匹、猫2匹、ウサギ1羽
趣味   動物、演劇、料理

好きな言葉「負けても負けてもあきらめない!」

野田樹潤(Juju)のレーサー歴

3歳でレーシングカートを始める
4歳 キッズレースデビュー、ビギナークラスデビュー戦で勝利
5歳 F1レーサーを目指す

10歳 フォーミュラー4(F4)デビュー(世界初)
11歳 Jujuの後援会発足
(ミキハウス、Tポイント・ジャパンがスポンサー、小学校6年生にして、プロドライバーとなったことえ話題になった。)

2017年4月23日F4デビュー(フォーミュラーU17開幕戦(岡山国際サーキット))では、F4のコースレコードを0.9秒上回る1分32秒8で優勝を飾った。

持ち味は直線のブレーキング
「他の人より奥まで突っ込んでいける」という。

Juju(野田樹潤)の受賞歴

天才女子レーサーのJuju
諦めない精神が小さい頃からあったのでしょう。

4歳 デビューウィン(KIDSカート)
5歳 ダブルチャンピオン(30cc、40cc)
6歳 優勝3回(カデット)
7歳 優勝3回(100cc)
8歳 優勝4回(125cc)
9歳 世界最年少、FIA-F4デビュー
10歳 世界初国際クラスFIA-F4マシンでコースレコード(岡山国際サーキット)0.7秒まで迫る記録をだす
11歳 優勝3回 フォーミュラ戦U17チャレンジカップ
12歳 フォーミュラーU17においてF3マシンクラスで全戦全勝
13歳 F3マシンでフォーミュラU17参戦、全4戦4勝。
最終戦では、F3-National クラス のコースレコードを上回るタイムを樹立

走れば勝つといういうようで日本では敵なしということです。

デンマークの欧州F4チャンピオンシップに参戦

Juju(野田樹潤)は、2017年からは260キロの世界でレースをしてきました。
2019年には、F3マシンでスーパー耐久レース フォーミュラU17&シニア(FORMURA UNDER17&SENIOR)最終戦」でコースレコードをマークしてい優勝しています。

実力は十分、だけど年齢が14歳というのがネックでした。
日本では、出られるレースが限られているからです。

2020年1月野田一家はデンマークに移住しました。
Jujuの欧州デンマークで開かれる「F4 デニッシュ チャンピオンシップ(F4 Danish Championship)」に参戦するためです。

参戦するチームはこれまでの日本国内と同じ「NODA Rasing」
監督は父の野田英樹、メカニックはU17や全日本F3でともに戦ったメンバー
車両は「Maygale」製のシャシーに、「ルノー製」2リッターエンジンを搭載。ピレリ製タイヤによるワンメークとなっています。

デニッシュF4チャンピオンシップとは

デニッシュF4チャンピオンシップとはF4レースでも14歳のドライバーが参戦できる数少ないレースなのです。
世界中の若いレーサーがデンマークには集まってきます。

しかも「F4 Danish Championship」は、2014年、FIA(国際自動車連盟)が定めたFIA-F4の国際基準に基づくレース。

日本では、4戦しかなかったが、F4チャンピオンシップは全8大会24戦の参戦になります。
体力もメンタルも全く違ってきます。

ちなみに2019年の「F4 Danish Championship」は、デンマーク国内とノルウェー合わせて4か所のサーキットを舞台に24戦が行われ、14名のドライバー(うち女性ドライバー2名)が出場しています。

5月が開幕だったレースですが、現在は、新型コロナウイルスの影響で6月に延期になると発表になっています。

Juju(野田樹潤)は、デンマークでの練習走行で、コースレコードを更新したそうで、すでにレース関係者はざわついているとか。

本当にF1レースになれる、女性初のF1優勝者になれるかもしれません。
周囲の期待も大きい分、プレッシャーもハンパないでしょうが
期待せずにはいられない、楽しみな存在です。

数年後、F1ドライバーになって走っているところを想像すると
ワクワクします。

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F1レーサーになるためには「スーパーライセンス」が必要

F1レーサーになるためには「スーパーライセンス」が必要になります。

「スーパーライセンス」の発給の条件

ライセンスは12か月有効。

1.FIAの発給する国際A級ライセンスを所持する。
2.申請時に有効な自動車の運転免許証を取得していること。
3.最初のレースに参加する時点で18歳以上であること
4.F1のスポーティングレギュレーションのうち、重要な項目に関する知識を問うテストに合格すること。
5.申請日までの180日以内に、現行のF1車両を用い最低2日間、300km以上の走行テストを実施する。さらにこのテストを実施国のASN(Authority Sport Nationale、自動車連盟のこと)により証明される。
6.以下のいずれかに該当すること。
・前年のF1世界選手権各大会に5回以上出走している
・過去3年のF1世界選手権各大会に15回以上出走している
下のレース選手権に2年以上(開催レース数の80%)参戦し、年間順位に応じて与えられるライセンスポイントを、3年間で合計40点以上獲得する

参戦レース

FIA F2
インディカー・シリーズ

FIA F3
フォーミュラE
FIA 世界耐久選手権(LMP1)

GP3
フォーミュラ・ヨーロピアン・マスターズ
スーパーフォーミュラ

フォーミュラV8 3.5
FIA 世界耐久選手権(LMP2)
ドイツツーリングカー選手権
SUPER GT

FIA F3地域選手権
IMSA(プロトタイプ)

世界ツーリングカーカップ
NASCARカップ・シリーズ
インディ・ライツ
スーパーカー選手権

FIA F4

ル・マン・シリーズ(ELMS・ALMS)
FIA 世界耐久選手権(LM-GTE Pro/Am)
IMSA(GTル・マン)
F3国内選手権
フォーミュラ・ルノー2.0
NASCAR エクスフィニティ・シリーズ
フォーミュラ・マツダ(米国)

トヨタ・レーシング・シリーズ(NZ)

国際GT3シリーズ

フォーミュラアカデミー(仏)

世界カート選手権(シニアカテゴリー)

地域カート選手権(シニア)
世界カート選手権(ジュニア)

地域カート選手権(ジュニア)

国際Aライセンスを取るだけでも相当大変なのに、さらに
厳しい条件で、世界でも50人いるかいないかだとか。

やっと取れても12か月の有効期限とは、これまた厳しいですね。
日本人ドライバーは5シーズンF1ドライバーは不在のままです。

日本では、モータースポーツの地位が低いと言われています。
実力があってもお金がなくて参戦できない人もいるとか。

それゆえに、Jujuの活躍は日本モータースポーツ界でも
期待する存在なのでしょう。

父は元F1レーサーの野田秀樹

Juju(野田樹潤)の父の野田秀樹さんは、1969年3月7日生まれの現在51歳。
元F1レーサーで日本を代表するレーサーでした。

野田秀樹のレーサー時代

1982年でカートレースデビュー。12.3歳の頃ですね。
1987年フォーミュラカーでのレースを始める
1988年中嶋企画(中島悟)に加入、全日本F3に参戦。

1989年フォーミュラ・ヴォクソール・ロータス・ヨーロッパ選手権に参戦(イギリスのジュニアフォーミュラ)中嶋企画の支援

イギリスF3選手権参戦
1990年、1991年参戦、日本人2番目のイギリスF3勝者となる。

国際F3000に参戦(中嶋企画を離れ自力で)
1992年、1993年、1994年参戦、日本人として初めての表彰台(3位)に

F1デビュー
1994年、スポット参戦でF1デビューを果たす。(リタイア)
1995年、全戦契約を結ぶも阪神淡路大震災で参戦できず。(金銭面で)

インディ・ライツに参戦
1996年にアメリカで参戦、1997年に優勝するもトップカテゴリーに参戦できず。

フォーミュラ・ニッポンと全日本GT選手権
1998年から日本に戻る。
2003年、自らのチーム「Team MOHN」を立ち上げる
2005年まで参戦

全日本スポーツカー耐久選手権
2006年 LMP1クラスに参戦
2007年 LMP1クラスに参戦、優勝

ル・マン24時間レース
2010年に参戦、現役を引退

SUPER GT
2012年 現役復帰して参戦。

野田秀樹の現役引退後

引退後は後輩の育成に力を注ぐ。

2013年4月に開校した「NODAレーシングアカデミー高等学院」の校長を務めている。

「NODAレーシングアカデミー高等学院」は「星槎国際高等学校」と提携しているため、高校卒業資格が得られます。

「モータースポーツを学びながら高校卒業資格が得られる」ことが魅力の学校になっています。

初めは、栃木県茂木町(ツインリンクもてぎ)が本拠
2015年4月に岡山県美作市に移転(岡山国際サーキットが拠点)

2014年 SARD RACING PROJECTのGMに就任。
2015年 スーパーGT 500クラスに参戦するLEXUS TEAM SARDの監督に就任
FIA-F4のスカラシップ(奨学金)をサード(企業)と創設

自分が果たせなかったF1レース、全戦参戦。
F1レース優勝を娘のJuju(野田樹潤)が取るのを夢見て、

父として監督して、そして、校長として
日本のモーターレース向上のために頑張ってほしいです。

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