岩城禎の卓球全日本選手権に35歳で初出場した経緯が凄すぎる!13歳天才少年松島天輝空に完敗も満足?!

岩城禎の卓球全日本選手権に35歳で初出場した経緯が凄すぎる!13歳天才少年松島天輝空に完敗も満足?!

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岩城禎は卓球全日本選手権に35歳で初出場

岩城禎さんが2021年1月14日、丸善インテックアリーナ大阪で行われた卓球全日本選手権男子シングルスに出場に初出場しました。

35歳での初出場。
卓球を始めたのは小学校5年生の時。

必修クラブで入りたかった陸上クラブに定員オーバーのため、ジャンケンで負けて、仕方なく入ったのが、卓球クラブでした。

中高一貫の進学校である奈良学園では、奈良県でベスト8。
神戸大学法学部に入っても卓球を続けるも関西学生リーグ3部の神戸大学卓球部で3位の結果でしかありませんでした。

卓球の全日本選手権に出場するには

全日本卓球協会に登録している男子選手、約22万人(2019年度)
その中で、都道府県予選を勝ち抜いて一般男子シングルスに出場できるのが248人だという。
協会に登録していない競技者もいるため、実際には、0.1%以上の競争率と考えられます。

最近では卓球の低年齢化が進んでいるため、小学生でも一般男子シングルスに出場する選手もいる。

愛ちゃんのように小さい頃から卓球をはじめ、卓球漬けの毎日を送り、高校や大学でも卓球で入る半分プロのような卓球エリートばかりが全日本選手権に出場しているのが現実です。

岩城禎は卓球ストーカーといわれるほど

小学校5年生で必修クラブで卓球クラブに入った岩城禎さん。
しかし、全く勝てない。
父親に相談すると、すぐに卓球台を勝ってくれて、毎夜父親との練習が始まりました。

すると、卓球クラブでは、1番になれました。
その年のクリスマスの枕元の置かれたプレゼントは、卓球の本でした。

父親は弁護士で、息子の岩城禎さんにも自分と同じ京都大学に入って弁護士事務所を継がせたいと思っていたのでした。

小学校受験をして、大阪教育大学附属天王寺小学校で7倍の競争率を突破して120人に枠に入った。
しかし、人数制限のため10人を落とすくじ引きに当たってしまい、公立の小学校に入学することになりました。

そして、中高一貫の進学校の奈良学園に入学。
父の期待の高さがわかります。

しかし、当の本人は、卓球に夢中でした。
入学の時3番だった成績は卒業時には、下から3番目になっていました。

高校時代には、町の卓球場で毎晩11時まで練習、1時に帰宅して朝5時半に起きる生活。
高校では、体育の時間と昼休み以外はすべて寝ていたそうです。

通っていた卓球場「コンパスクラブ」では、進学校に通っているのに練習の虫の岩城禎さんは珍しがられて、練習しに来ていた武田明子(元世界ダブルス3位)から、日本代表のユニフォームをもらったこともありました。

それ以来20年近く、岩城禎さんは、日の丸の付いた水色のユニフォームを毎晩着て寝ているそうです。

これだけ努力しても岩城禎さんは、奈良県でベスト8の成績でした。

高校時代の成績は下から3番目まで下がっていたため、父親は同じ京都大学には当然入れず、受験のすべて失敗したため、浪人することになりました。

それでも父は、弁護士を目指す気になったと喜んでいましたが、岩城禎さんが考えていたことは、卓球部でレギュラーになれそうな大学を選んで、大学で再び思いっきり卓球をすることだけだったそうです。

そして翌年、神戸大学法学部に入ります。
授業には、全く行かず、「緑の館」と呼ばれる練習場に毎日朝8時半から夜10時半まで居座り、代わる代わるやって来る部員をつかまえては練習するようなっていたそうです。

部員からは、もやはそこに住んでいる人としかみえず、有名人だったそうです。

それだけ努力しても、成績は、関西学生リーグ3部の神戸大学卓球部で3位でした。

それでも5年かけて大学を卒業します。

つきあっていた彼女に司法試験に受かるか就職するか迫られる

5年かけてやっと大学を卒業し、司法試験を目指して勉強を始めた?岩城禎さん。

しかし、卓球は毎日朝から晩まで練習を続けていました。

27歳の時、付き合っていた彼女に、
「司法試験に受かるか就職しなければ別れる」と迫られました。

そこで出した岩城禎さんの答えは、
卓球の練習時間が確保できそうな公務員になることを選択しました。

これには、父親が黙っていませんでした。
いつか目を覚まして、弁護士になり、弁護士事務所を継いでくれると信じていたのに、初めてブチ切れたそうです。

結婚すると同時に大和郡山市役所に就職しました。
しかし、2年後、卓球の練習時間を増やすために市役所を辞めてしまいます。

生計を建てるために何を選んだかというと、それは投資家という道でした。

平日の昼間に好きなだけ卓球の練習できるようにと、投資家を選んだという。

振り返ってみても岩城禎さんは、小学校5年生に卓球に出会ってから卓球のためだけ努力してきた。

その他は対して、努力もしていないというか卓球に没頭できるように環境を整えただけのはずなのに。

勉強はとてもできる。
私立の中学に合格して、1浪したとはいえ、神戸大学法学部に合格、5年かかっているとはいえ卒業しています。

そして、公務員にもなれてしまっています。
さらに投資家として、生活できるほどの収入を得て成功しているわけです。

でも卓球を小学校のころから朝から夜遅くまで練習しているのに
大した成績は残していないのです。

それなのに卓球を諦めない心とは、何なのでしょう。
それゆえに卓球ストーカーと言われてしまうのかもしれません。

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35歳で卓球全日本選手権に初出場で13歳の天才少年に完敗

2021年1月14日 丸善インテックアリーナ大阪

ある意味人生のすべてを賭けて卓球に取り組んできた岩城禎さんが全日本選手権の出場の切符を手にしました。

全日本選手権の予選には「兵庫で7、8回、奈良で6回目。合わせて15回ぐらい」も挑んだという。

コロナ禍の中、練習を休むはずのない、岩城禎さん。
知人の卓球場で一日も休まずにに練習を続けたのが有利に働いたのではないかと言われていますが、とにかく35歳にして全日本選手権の出場権を取ったのです。

1回戦は相手が棄権となり、岩城禎さんの初戦は2回戦の13歳の天才少年のJOCエリートアカデミーの松島輝空(まつしまそら)選手との対戦となりました。

結果は。4-11、7-11、4-11でストレート負けでした。

試合後のインタビューで
「ふだんの練習相手にもピッチの速い選手はいるけど、彼は速い上にミスがない。もちろん勝ちにいきましたが、1本でも満足いくラリーができれば、と思っていた。まるで年上の選手と戦っているみたいでした」

と22歳年下の選手に対して答えています。

35歳にして、何が何でも全日本選手権の出場するという夢は叶いました。

しかし、これで岩城禎さんの夢は終わりませんでした。

「今までは“出る”のが目標でしたから、来年は“出た上で1つ勝つ”ことを目指します」

と語っています。

投資家として利益を出している岩城禎さんは、

朝まで練習しても誰にも怒られない卓球場を建てるつもりもあるらしい。
卓球ストーカーの夢は終わらない。

岩城禎が激レアさんを連れてきた。に出演

2021年3月1日23時15分~24時15分の放送の
激レアさんを連れてきた。は

今回の激レアさんは『才能が無いのに、25年間ひたすら卓球だけをやり続けていたら35歳で奇跡を起こしちゃった人』

◇番組内容
★激レアさん1★
才能が無いのに、25年間ひたすら卓球だけをやり続けていたら35歳で奇跡を起こしちゃった人

★激レアさん2★
奥さんのヒモ状態になっているのにラテアートに夢中になってしまい、結果、世界大会で優勝しちゃった人

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