葛城ユキはハーフ?ボヘミアン一曲大ヒットで現在も

葛城ユキはハーフ?ボヘミアン一曲大ヒットで現在も

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葛城ユキはハーフなのか

葛城ユキさんはハーフなのではとの噂があるようです。
ハッキリした目鼻立ち。
日本人離れしたプロポーション。

しかし、ハーフが本当という情報はありませんでした。
徹子の部屋で、そんな話が出るといいですね。
本名は「田中さん」です。

葛城ユキのプロフィール

氏名   葛城ユキ(かつらぎゆき)
本名   田中小夜子(たなかさよこ)
生年月日 1949年5月25日(70歳)
出身地  岡山県川上郡川上町
学歴   片山女子高等学校(現・倉敷翠松高等学校)
身長   167cm
ジャンル J-POP
職業   歌手、作詞家
担当楽器 歌
活動期間 1974年 –

高校の片山女子高等学校はバレーボールの強い学校で、
国体にも出場していたそうです。

バレーボールの強い実業団、倉敷紡績に入社しますが、
セッターへの転向を告げられて1ヶ月で退社してしまうという
大胆な行動を取ります。

その時にセリフがまた印象的です。
「私はアタッカー。中心にいないと嫌だった」
と。スターなんですね、ずっと。

音楽への夢も諦め期待していた両親のことを考えてか
「音楽がやりたい。捜さないで」と置手紙を残し
家出当然で大阪で音楽スクールに通いました。

ボヘミアン一曲大ヒット

葛城ユキさんというと大ヒット曲「ボヘミアン」で有名ですが、
「葛城ユキ」の前に
本名の「田中小夜子」「朝霧まち」「葛城ゆき」の名義でも曲を出していました。
1969年11月に田中小夜子で「夜を返して」を日本コロムビアから
1970年11月に朝霧まちで「泣いた分だけ損をした」
1971年に「恋ぐれ通り」をポリドールから2曲出しています。

1973年 朝霧まちの時に第6回ヤマハポピュラーコンテストで
「小さな出発」で歌唱賞を受賞しています。
1974年 第7回ヤマハポップコーンで「木曾は山の中」で最優秀賞を受賞
1974年12月 葛城ゆきとして曲を出しています。

現在の葛城ユキになったのは1980年から
1983年名曲「ボヘミアン」が大ヒットとなります。

「ボヘミアン」は元々は、大友裕子さんが歌っていた曲でした。
作詞、飛鳥涼さん、作曲、井上大輔さんと名コンビです。

その曲を葛城ユキさんがカバーして大ヒット曲になったのです。

1980年にボニータイラーの「Sitting on the Edge of the Ocean」のカバー曲「哀しみのオーシャン」がヒットしたことで
カバー曲という選択肢ができたのかもしれません。

ハスキーな声、カーリーヘアを振り乱してエネルギッシュで
「ロックの女王」「女ロッドスチュワート」などとも言われました。

一曲大ヒットがあるとずっと活動できるというのは本当ですね。
続ける事には、並大抵でない努力が必要でしょうが、

葛城ユキと言えばボヘミアン。
ボヘミアンと言えば、葛城ユキ

それはとっても強みです。

ボヘミアンの大ヒットで結婚が

葛城ユキさんは、ボヘミアンの大ヒットで私生活がバレてしまったことがありました。

1983年体調を崩して入院、病室のネームプレートに本名が書かれていて名字から結婚してたことがバレてしまったのでした。

「4年前に結婚、相手は一般のサラリーマン」
「この世界とは関係のない人だし、言う必要もなかった。別に隠していたわけでも、ウソをついていたわけでもない」

と、バレーボールを止めた時と同じようにロッカーでカッコいいセリフです。
このことで、さらにボヘミアンのヒットを加速させたそうです。

今だったら、病室のネームプレートが書いてあったりとか、
記者が病室まで行くとか、あり得ない事でしょうが。

葛城ユキは背骨を折る大けが

ボヘミアンが大ヒットしすぎたことで、イメージチェンジを
しようとしたことがあったそうです。

その時には、歌い方を変えたり、バラエティ番組にも出演したりしました。

そして、大事故で大けがをしてしまいます。
2003年10月2日「とんねるずのみなさんのおかげでした」
の人間大砲で、全治8か月でした。

第7胸椎粉砕骨折、第8胸椎脱臼と下半身不随になるかもしれないほどの大けがでその時は引退も考えたそうです。

1ミリも動かすことが出来ずとても大変だったと当時を語っています。
麻痺がなかったのは、奇跡だとお医者さんが言ったそうです。

2回の大きな手術をして、背骨にはチタンが今でも入っているそうで
身体をひねる動作とか、同じ体勢をとっているとつらいとか、
一生、ケガと付き合っていかないといけないと言っていました。

驚異的に回復して翌年の5月に復活ライブを行いました。
神様はまだ葛城ユキさんが必要と思われたのではないでしょうか。

葛城ユキは現在

とにかく、「ボヘミアン」は何年経ってもいつ聞いても
素晴らしいホントに名曲で、この歌をずっと歌いこなしている
葛城ユキさんの歌唱力はすごいです。

葛城ユキさんは現在はインディーズで活動しているようです。

スタイルはショートパンツ、ずっとです。
今年、70歳になるのに当時と変わらぬ歌声、
そして美しい足を変わらず、出しています、尊敬します。

徹子の部屋でも披露されるそうなので楽しみです。

葛城ユキが徹子の部屋に37年ぶり出演

2020年4月6日(月)13時00分~13時30分の放送

放送時間が12時から13時にお引越しした「徹子の部屋」ですが
37年ぶりに葛城ユキさんがゲストです。

~名曲『ボヘミアン』壮絶なデビュー秘話~葛城ユキさんが今日のゲストです。

番組予告では

37年ぶりの出演!70歳になる今も年間100カ所以上で公演を続けている、葛城ユキさんがゲスト。今日はスタジオで、名曲『ボヘミアン』を熱唱♪衰えない歌声とプロポーションをお見逃しなく!

番組内容
幼少期から歌が大好きだった葛城さんは、歌手になりたい夢をしまい込みながら、学生時代はバレーボールに打ち込んだ。
国体に出るほどの実力で、高校卒業後は実業団にスカウトされ入団。だが、夢を捨てきれず家出をしてしまったという。
今日は、当時“家出”の際に両親に宛てた「置き手紙」を持参してくれた。
父は『ボヘミアン』のヒットを前に他界してしまい、活躍を見せることが出来なかったと語る。

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