三浦豪太の学歴は?14歳で留学!父三浦雄一郎、祖父三浦敬三の経歴が凄すぎる!

三浦豪太(みうらごうた)の学歴は?14歳で留学!父三浦雄一郎、祖父三浦敬三の経歴が凄すぎる!

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三浦豪太(みうらごうた)の学歴は

三浦豪太さんは、1969年8月10日、神奈川県鎌倉市の生まれです。

雪山に魅せられ、雪山をスキーで滑降する記録を作った
三浦敬三さん、三浦雄一郎さんを祖父、父に持ちます。

そのため、3歳のにして富士山に登頂しています。
父の背中だっため、覚えてはいないそうですが。

11歳にして自力でキリマンジャロの登頂に成功しました。

三浦豪太さんの原点はそこにあって、2度のオリンピックを目指すことも、エベレストに挑戦もキリマンジャロの登頂の成功したからあると言っています。

三浦豪太の学歴は

1983年 14歳の時にアメリカ留学
1988年 ユタ州ローランドホール学院を卒業(首席)
1988年 ユタ大学入学
2001年 ユタ大学スポーツ生理学部卒業
2012年 順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座後期博士課程修了 博士(医学)となる。

現在は、東京都老人科学研究所研究員
国士舘大学ハイテクリサーチセンター研究員

三浦豪太(みうらごうた)はモーグルのオリンピック選手

父の三浦雄一郎さんは、青森県で生まれ育ちます。
雪国育ちということもあって、スキーがとてもうまかった。
山岳スキーヤーの祖父の三浦敬三さんの影響もあって雪山からのスキー直滑降をはじめます。

そんな祖父と父と一緒に雪山にいっていたのですから、三浦豪太さんも当然小さい頃からスキーは上手だったようです。

三浦豪太さんは、アメリカに留学中もスキーばかりしていて
スキーヤーとして実力を付けていきます。

スキーヤーとして、フリースタイルスキー競技男子モーグルとして各大会に出場しています。

1991年 全日本フリースタイル・チームに選ばれる
1994年 リレハメル冬季オリンピック(ノルウェー)出場、27位
1995年 フランス、ラクルーザ世界選手権 14位
1996年 ワールドカップ 総合 17位
1998年 長野冬季オリンピック 13位
1998年 ブラッコムワールドカップ 5位

オリンピックは2度出場しています。

選手として引退後は、解説者として「三浦豪太」の名前が知られるようになりました。
2014年ソチオリンピックでは、スキークロスをはじめとしたフリースタイルスキーでの独特の解説が「詳しすぎる解説」として話題になったのでした。

2015年 テレビ東京スノーボード&フリースタイルスキー世界選手権解説者
2017年 テレビ東京スノーボード&フリースタイルスキー世界選手権解説者
2018年 平昌オリンピックフリースタイルスキー各競技・開会式(ラジオ)解説者

2004年には、モーグル選手として復帰し成田童夢選手のトレーナーもしています。

父三浦雄一郎の夢を叶えるために博士をとる

スキー選手引退後は、山に戻るのです。
モーグル選手を引退して、アメリカ留学をしているとき
1998年、当時65歳の三浦雄一郎が、70歳でのエベレスト登頂をめざすことを決意してプロジェクトが立ち上がりました。

2002年 ヒマラヤチョ・オユー(8201m)登頂
2003年 世界最高峰エベレスト(8848m)登頂

初の日本人親子同時登頂記録達成します。
父の三浦雄一郎さん、70歳、三浦豪太さん33歳の時でした。

2008年 エベレスト登山に挑戦するも脳浮腫、肺水腫になり、途中で断念

2013年5月 エベレスト登山成功、父三浦雄一郎さん80歳の時でした。
父をサポートするために順天堂大学で博士を取得しています。
お兄さんは、通信をお姉さんは、マネージメントを担当して
兄妹みんなでお父さんをサポートしたとか。

この時には、三浦雄一郎さんが声を掛けてくれたそうです。
一度、脳浮腫、肺水腫になると再発しやすくなるので恐怖がでてしまうそうですが、父は克服するチャンスを与えてくれたと思っているそうです。

2019年1月21日 南米最高峰アコンカグア(6961m)登頂

結局、エベレストを含む8000m峰3座に登頂を成功しています。

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父の三浦雄一郎さんは

1932年10月12日生まれの87歳。
加山雄三さんと共にいつまでも若くて元気なアスリートという感じです。

現在の肩書は

クラーク記念国際高等学校校長、
一般社団法人全国森林レクリエーション協会会長、
特定非営利活動法人グローバル・スポーツ・アライアンス理事長、
株式会社ミウラ・ドルフィンズ代表取締役、
株式会社三浦雄一郎事務所代表取締役。

さらに

北海道大学獣医学部助手、
青森大学教授、
日本プロスキー連盟会長、
社団法人日本職業スキー教師協会顧問、
日本プロモーグルスキー協会会長
などを歴任しています。

若い頃から破天荒でスキー選手として優秀だったのに
スキー協会とケンカして、アマチュア資格えをはく奪
アマチュアスキー界永久追放されてしまうというエピソードがあります。

めげない三浦雄一郎さんは、世界プロスキー選手権に参加、プロスキーヤーになってしまうのです。
世界ランキング8位になるほどの実力者でした。

1966年4月富士山での直滑降の時にブレーキとして付けたパラシュートがパラグライダーとして開発されたというエピソードの持ち主でもあります。

世界七大陸最高峰全峰からの滑降を成功させた正に、レジェンド中のレジェンドです。

祖父の三浦敬三は

三浦豪太さんの父三浦雄一郎さんもレジェンドですが
祖父の三浦敬三さんも凄い方なのです。

1904年(明治37年)2月15日 – 2006年(平成18年)1月5日
101歳、生涯現役というレジェンドでした。

青森県青森市生まれなので小さい頃からスキーは大得意。
北海道大学在学中の八甲田山での山スキーに魅せられてしまいます。

三浦雄一郎さん、三浦豪太さんの原点はここですね。

大学卒業後は青森営林局に勤務

八甲田のフィルム記録にスキー滑降で参加した。
青森林友スキー部に所属し、選手、監督、部長を経験した。
全日本スキー連盟の技術委員を務めたこともある。

1955年(昭和30年)51歳で青森営林局を退職。
東京都練馬区に移住

山岳カメラマンとして世界に羽ばたきます。
賞も受賞するほどの腕前です。

還暦を過ぎて海外での滑降を始めます。

70歳の時にヒマラヤ、
77歳でキリマンジャロを滑降する。
88歳の時には、アルプス・オートルートの完全縦走
99歳でモンブラン山系のヴァレブランシュ氷河からのスキー滑降
100歳では、アメリカのスノーバードで、親子孫曾孫の4世代での滑降を行いました。

こうしてみると、三浦雄一郎さんはまだまだと思っているのが
よくわかります。

その孫の三浦豪太さんもそうなっていくのでしょうか。
三浦豪太さんの息子さんもいるので、息子さんも後に続くのでしょうか。

楽しみですね。

三浦豪太が激レアさんを連れてきた。に出演


2020年5月30日(土)22時10分~23時10分の放送

今回の激レアさんは『鉄人すぎる祖父と父に振り回された結果、全然そんなつもりはなかったのにエベレストで大記録を達成しちゃった人』

番組内容
★激レアさん★ 鉄人すぎる祖父と父に振り回された結果、全然そんなつもりはなかったのにエベレストで大記録を達成しちゃった人 ★特別企画!ステイホーム激レアさん★ 番組に出演して頂いた名物激レアさんのステイホーム姿を紹介する特別企画! 『差し歯が取れてしまったけど、貧乏なので自作の消しゴム差し歯を発明し、それをはめて4年間粘っている人』のステイホーム生活を大公開!!

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