メクレンブルククレクショナルセンターバージニア州の刑務所で6人が脱獄したアメリカ史上最大の大量死刑囚脱走事件

メクレンブルククレクショナルセンターバージニア州の刑務所で6人が脱獄したアメリカ史上最大の大量死刑囚脱走事件

スポンサーリンク



メクレンブルククレクショナルセンターとは

メクレンブルククレクショナルセンター(Mecklenburg Correctional Center)は、アメリカのメクレンブルク郡バージニア(Virginia)州ボイドトン近郊に1976年に2000万ドルかけて開設された刑務所です。

360人収容でき「worst of the worst(最悪の最悪)」と言われ当時は最新鋭とされる設備を導入し厳重に管理された施設でした。
死刑囚など社会に戻ることができない可能性が高い受刑者が多く収容されていました。

1984年5月31日に死刑囚が6人脱獄するというアメリカ史上最大の大量死刑囚脱走事件を起こしました。

この事件がきっかけで死刑囚を独房に収監するという、1990年以降増加を続ける一因なったと、ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)政治学部のマリー・ゴットショーク(Marie Gottschalk)氏は、指摘しています。

その後、メクレンブルククレクショナルセンターは2012年5月24日に閉鎖され、2017年11月、センターの解体が完了し、現在は残っていません。

1984年6人の死刑囚の脱獄事件の方法とは

1984年5月31日アメリカバージニア州の刑務所、メクレンブルククレクショナルセンターで6人の死刑囚が脱獄をしました。
当時では、最新鋭のセキュリティと言われていた刑務所から6人の囚人が一斉に脱獄をするという前代未聞の事件でした。

6人はどのような方法で、脱獄を成功させたのでしょうか。

脱獄した6人の死刑囚は

リンウッド・ブライリー
ジェームズ・ブライリー

アール・クラントン
デリック・ピーターソン
ウィリー・ジョーンズ
レム・タグル

1984年5月31日午後8時頃、夜のレクレーションの建物から戻る時、アール・クラントンは、死刑囚監房の入り口の隣の浴室に隠れました。

それは、他の受刑者から隣接する制御室のドアが開いたままになると聞いていたからでした。

その後、クラントンは、コントロールルームの中に入り、刑務官を制圧して、刑務所の中のすべてのロックを解除しました。

その後、刑務官の制服に着替えて目隠し、動けないようにしました。

刑務官になりきった受刑者たちは、〇弾が仕掛けられたと他の刑務官たちに伝えて正面入り口を開けるように指示をします。

ポータブルテレビに毛布を巻いて、それらしく見せて処分するために車に積むことにしたのでした。

入口はひとつしかない刑務所。
〇弾の処理に対するマニュアルがないことを脱獄を計画した受刑者たちは知っていたのです。
そのため、門の刑務官に車を用意させてゲートを開けることができると計画していたのでした。

予定通りに門は開き、脱獄者たちは、顔がバレないようにヘルメットをかぶり、消火器をまきながら、毛布で巻いたポータブルテレビ車に積んで、午後10時47分に堂々と出ていったのでした。

スポンサーリンク



脱獄後の行動は

6人で脱出し、ノースカロライナ州まで逃げ延びましたが、その後は意見が合わずにウォレントンの町で別れ車を乗り捨てて、バラバラに逃げることになりました。

クラントンとピーターソンは翌日の午後、6月1日にウォレントンで捕まりました。
コインランドリーの中にいた2人をパトカーが見つけたのでした。

タグル、ジョーンズとブライリー兄弟は、カナダに逃げる計画を立てていました。
カナダ当局が死刑執行に直面している逃亡者を引き渡さないことを知っていたからでした。
3人は、バーモント州まで逃げ延びましたが、6月8日タグルは、盗みをしたことで、スタンフォードで逮捕されました。

ジョーンズは、翌日の6月9日、バーモント州ジェイのカナダと米国の国境からわずか5マイル南まで着きましたが、空腹で母親に電話すると、自首するように説得され、諦めたということです。

ブライリーズは、以前働いてたガレージにから足がついて6月19日に最後に捕まりました。

脱走した6人は、最終的には、18日以内に全員が捕まり、メクレンブルククレクショナルセンターに戻され、その後、死刑が執行されています。

そして、この脱獄劇にもう一人の受刑者デニス・ストックトンという存在がいました。
デニスも死刑囚で一緒に逃亡する予定でしたが、控訴審で死刑が免れる可能性がでたために、しなかったそうです。

デニスが日記で、脱獄劇を分単位で記録していたため、判明したのでした。
その後、デニスの控訴は成功せずに結局1995年に死刑が執行されました。

脱獄後のメクレンブルククレクショナルセンターは

6人は全員厳重な警備の下でバージニア州のメクレンブルククレクショナルセンターに戻されました。

6人もの脱獄囚を出したメクレンブルククレクショナルセンターは
バージニア州は改善を求められて責任者は辞任を余儀なくされました。
その後、6人全員が死刑執行されました。

脱獄囚の死刑執行日

リンウッド・ブライリー   1984年10月12日
ジェームズ・ブライリー   1985年4月18日
アール・クラントン     1988年4月14日
デリック・ピーターソン    1991年8月22日
ウィリー・リロイ・ジョーンズ 1992年9月11日
レム・タグル         1996年12月12日

メクレンブルククレクショナルセンター脱獄事件が世界の何だコレ!?ミステリーSPに

2020年10月21日(水)19時00分~21時00分の放送の世界の何だコレ!?ミステリーSPは

世界の何だコレ!?ミステリーSP【隊員5名を緊急招集!新企画/衝撃の脱獄事件】

隊員が気になる謎をプレゼン&自ら責任持って直撃取材!数が変わるお地蔵様?饅頭だらけの山?河童のミイラ?▽@発光体&深夜怪現象…ナゾ映像も&異世界へ迷い込んだ男?

ご案内
皆さんの身近にある「何だコレ」を大募集!“開かずの金庫を開けて欲しい”“家にある謎の物体…その正体が知りたい”“私の街にはこんなフシギな場所・都市伝説が”など、皆さんが「何だコレ」と思えるものであれば何でもOK!番組で採用されたら1万円(動画・写真は5千円)を贈呈致します!ご応募は「番組HP」または「LINEの番組公式アカウント(LINEアプリで何だコレ!?ミステリーと検索)」からお願い致します!

番組内容
▽9月某日、田中卓志隊長(アンガールズ)が、コカドケンタロウ(ロッチ)&中岡創一(ロッチ)、宮田俊哉(Kis-My-Ft2)&二階堂高嗣(Kis-My-Ft2)の調査隊員を緊急招集!番組開始から5年の間にストックされていた膨大な資料を今一度総点検し、自らが気になった謎のプレゼン会議が開かれた!「数えるたびに数が違うお地蔵様!?」「異世界に繋がる謎の門」など、気になるネタは自ら責任持って現地取材へ!

▽1984年、アメリカ・バージニア州。当時、最新鋭とされる設備を導入し厳重に管理された刑務所から死刑囚6人が一斉に脱獄するという、衝撃の事件が発生した。しかも、彼らが逃げ出したのは、外部との唯一の出入り口である「正面ゲート」…ここも当然、厳重な管理がなされていたのだが、囚人たちはいとも簡単に突破していった…彼らの驚くべき犯行手口とは!

▽7月の放送で反響を呼んだ「実在しない“きさらぎ駅”に降り立った女性」。その後、番組宛に似たような経験をしたという男性から投稿が寄せられた。それは2015年、ある冬の日の深夜に起きたのだという。帰宅途中、普段と違う光景に違和感を感じ、Twitterに状況を投稿。不思議なツイートに、ネットユーザーから反応が出始めるが、時間が進むにつれ、男性には不可思議な現象が起き始める…この奇妙な出来事を、今回も再現ドラマとVR映像で紹介する。

スポンサーリンク


mamマム365 - にほんブログ村

にほんブログ村 ニュースブログへ
にほんブログ村

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。