ジプシーは刑務所の中が自由!ディーディー(クローディン)に車いす生活させられて

ジプシーは刑務所の中が自由!ディーディー(クローディン)に車いす生活させられて

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ハリケーン・カトリーナで奇跡の救出が支援に

2005年8月ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲いました。

髪の毛のない車いすの娘ジブシーと母親のディーディー(クローディン)は奇跡的に救助されました。

ジブシーは、知的障害があり、知能は7歳~8歳レベル。
筋ジストロフィーや白血病などの難病など計15の病に侵されていました。

ハリケーンで救助されたジプシーとディーディー(クローディン)母娘の様子を新聞記者が報道したことで、二人の存在が世間に知られることとなりました。

二人のために支援物資や募金が集まり、一戸建ての家もプレゼントされました。

二人で幸せに暮らしていると思われていた10年後、2015年に事件が起こりました。

母親のディーディー(クローディンまたはクローディネア・ピトレ)が亡くなってしまったのです。

ディーディー・ブランチャード(クローディンまたはクローディネア・ピトレ)
1967年5月3日ルイジアナ州生まれ、2015年6月14日 48歳

ディーディー・ブランチャード事件が起こる

2015年6月14日の深夜、アメリカ合衆国ミズーリ州グリーン郡の郡保安官代理が、ディーディー・ブランチャードの亡くなった姿を発見しました。

ディーディーは、スプリングフィールド郊外の自宅の寝室で数日前に何者かによって加えられた傷でうつ伏せになって横たわっていました。

Facebookの投稿を読んで心配した隣人が警察に通報しディーディー事件が発覚しました。

白血病、喘息 、筋ジストロフィー、その他の複数の慢性疾患に苦しみ、早産によって受けた脳損傷のために「7歳児の知的能力」を持っていたとされる彼女の娘、ジプシー・ローズ

そのジプシーの車椅子と薬が家に残されていたため、彼女が誘〇された可能性があると報告され報道されました。
そんな状態のジプシーを連れ出すなんてと世間は怒りの声が高まっていました。

しかし警察は、翌日6月15日、恋人のニコラス・ゴデジョンと一緒に旅行していたジプシーをウィスコンシン州で発見しました。

車いすなど必要のない大人のジブシーの姿だったと捜査官が発表すると、重度の障害のある少女ジプシーの誘〇と思われていた事件でしたが怒りがジブシーへの同情になっていきました。

ジプシー・ローズは健康体で代理ミュンヒハウゼン症候群か

さらなる捜査によってジプシーを診察した数名の医師によって
主張されていた障害を見つけることができなかったと判明しました。

ある医師は、ディーディーが代理ミュンヒハウゼン症候群だったのではないかと疑いました。

ディーディーは、娘に年齢を低く偽るように強制し、身体障害者で慢性疾患であるふりをさせていました。

さらにジブシーに不必要な手術と投薬治療を受けさせて
身体的〇待と心理的〇待によって彼女を支配していたとういいます。

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ディーディー(クローディン)がジプシーの自由を

母親のディーディー・ブランチャード(クローディンまたはクローディネア・ピトレ)
1967年5月3日ルイジアナ州生まれ、2015年6月14日 48歳没

ディーディー(クローディン)はルイジアナ州チャックベイで生まれ両親と5人の兄弟姉妹で育ちました。

若い頃は看護助手として働いていました。
1997年に自分の母親に食事を与えずに亡くなってしまった疑惑があると表明しました。

ディーディー(クローディン)が24歳の時に17歳のロッド・ブランチャードの子供を妊娠します。

1991年7月にジプシーが誕生しますが、二人は別れ、ディーディー(クローディン)は生まれたばかりのジプシーを連れて家族の元に戻ってきます。

ジプシーが生後3ヶ月、睡眠時無呼吸症候群を患っていると思い込み病院へ連れて行くも見つからなかったにもかかわらず、ディーディー(クローディン)は、ジプシーが病気だと信じて疑わなかったそうです。

ジプシーが7.8歳の頃、祖父のバイクの乗って軽度の事故に巻き込まれ、膝に擦り傷を負ったが、ケガの治療が適切でなかったために手術が必要だったといい、自分で歩けるにも関わらず、歩行器を使用させれて、その後車いすを利用することなりました。

ジプシーは病気が重いという理由で学校には、2年生から行っていない。
母親が自宅で勉強を教えました。

ディーディー(クローディン)の父親と継母と生活するも
継母の体調が悪く、さらにジプシーの治療について揉めることが多くなり、家を出ました。
ディーディー(クローディン)が家を出ると継母の体調は健康に戻りました。

ルイジアナ州スライデルに移住、ジプシーの父親のロッドからの養育費と生活保護で生計を立てていました。

ジプシーは、筋ジストロフィーの兆候があると主張し、数か月ごとに発作を起こすと医師に進言、抗てんかん薬を処方させました。

その後、ジプシーを日常的に救急救命室に連れて行ったと言います。
そして、2005年ハリケーンカトリーナで自宅を失い、支援によって故郷のミズーリ州に移住することになりました。

ジプシーの父のロッドは毎月1200ドルの養育費を払っていましたが、ハリケーンカトリーナで自宅を失った時の支援を受けるエピソードとして、ジプシーの父親は、〇待的な麻〇とアルコールの中毒者であり、娘の健康問題に対処することを諦めており、彼女たちに金をまったく送らないと同情をかっていました。

ジプシーを病人に仕立てた

ジプシーに会ったひとは、彼女の同情しました。

150センチメートルの身長
ほとんど歯のない口
大きな眼鏡
高くて子供っぽい声

それも実は、脱毛した化学療法患者に似せるために、定期的にジプシーの頭を剃っていたことがわかりました。

外出する際、ディーディーはよく酸素ボンベと栄養チューブを持ち運んだ

子供用の液体栄養補助食品のPediaSureを20代になっても与えられていました。

これらは、すべてディーディー(クローディン)の代理ミュンヒハウゼン症候群よるものというと説明に納得がいきます。

ジプシーは刑務所の方が自由だと

2001年以来、ジプシーは友達をを作ろうとイベントに参加を始めます。
母の束縛に耐えられなくなったジプシーはインターネットを使って友人、彼氏を作ることに成功します。

2011年には、母親から逃げようとするも見つかり、その後、母親は、ハンマーでコンピューターを壊しています。

そしてジプシーは母親が寝静まってからインターネットを使うようにしました。

そして、2012年、その後母親の〇害を実行するニコラス・ゴデジョンと出会うことになります。

ジプシーは、お金を払い、映画館で偶然を装って出会い、交際を始め、母親に紹介しました。

そして、いよいよ、母親のディーディー(クローディン)の〇害以来するのでした。

ジプシーは捕まり、刑務所に入ることとなります。
刑期は生い立ちも考慮されて10年となりました。

実行犯のニコラス・ゴデジョンは無期懲役、25年となりました。

刑務所に収監されたジプシーは、普通刑務所に入ると痩せるそうですが、ジプシーは逆に太ったそうです。

そして、何よりも刑務所の中は自由でいられるとジプシーは言うのです。

ジプシーは
「母と暮らすよりも、刑務所の中の方が自由に感じる。なぜなら今、私は普通の女性のように生きることを許されているからだ。」

と語っています。
束縛もここまでくると凄まじいものです。

ジプシーとディーディー事件がアンビリバボーで

2020年11月5日(木)19時57分~21時00分の放送は

奇跡体験!アンビリバボー
【殺害された“素敵な母”二転三転の大事件】

病気の少女を献身的に支える母が殺害された!二転三転…全米驚愕の大事件に!その真相とは?▽愛のために!夫婦180キロダイエット!驚きのビフォーアフター!

番組内容
いくつもの病気を抱えた少女、献身的に支える母、アルコール依存症でDVを繰り返した元夫、浸水した家屋から救出された哀れな親子を取材する新聞記者、交錯する人々の思い。当事者ですら気づいていなかった真実とは?一体、何が本当で、何がうそなのか。あなたはこの事件の真実を見抜けるだろうか? 2005年、ハリケーン「カトリーナ」が、アメリカ南東部に甚大な被害を及ぼす中、奇跡的に救出された親子がいた。ディーディーとその娘のジプシーだ。ジプシーは生まれつき障がいを抱えていた。計15もの病に侵され、車椅子生活を余儀なくされていた。そんな中、2人を襲ったハリケーン。なんとか救出され、避難所に身を寄せた親子の様子を新聞記者が報道したことで、2人の存在が世間に知れ渡り、支援物資や募金、一戸建てまでもが贈られた。ようやく幸せを手に入れた親子。だが、その10年後、思いもよらぬ事態が。ディーディーが自宅で殺害され、ジプシーも車椅子を残し行方不明になってしまったのだ!親子に一体何が!?衝撃の真相が明らかに!

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