吹浦忠正 国旗の準備に奔走した男たち!東京オリンピック成功のヒーローがアンビリバボー!

吹浦忠正 国旗の準備に奔走した男たち!東京オリンピック成功のヒーローがアンビリバボー!
2020年の東京オリンピックが近づく中、1964年開催の東京オリンピックを成功させるための秘話を紹介。

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目次

吹浦忠正(ふきうら ただまさ)がアンビリバボーに出演

2018年1月4日  19時00分~21時54分放送
奇跡体験!アンビリバボー2018 新春3時間SP!
【東京五輪陰で支えた男たち】

番組ホームページでは

放送内容
1964年に東京で行われたアジア初のオリンピック開催の2年前、その準備に奔走し戦った男たちがいた!東京オリンピックを成功へ導いた“メダルなきヒーローたち”を描く!

国旗の準備に奔走した男たち
オリンピック憲章では、“各国旗は同じサイズにすること”との規定があるが、国旗の形はさまざまで、無理にサイズを合わせようとするとバランスが崩れてしまう。また、国旗にはその国の民族の誇りが象徴されているため、細心の注意を払う必要があった。そんな中、出場国の国旗を作る大役を任されたのが、当時二十歳の大学生だった!

渋滞を解消せよ!高速道路開通に奔走した男たち
当時の日本は戦後復興と共に街に車があふれ、東京の道路は至るところで渋滞が起きていた。オリンピック開催時、世界から4万人は訪れると見込まれていて、成功させるにはなんとしても高速道路を完成させなければならない!空中作戦、水中作戦など、さまざまな工法を駆使して、オリンピック関連道路全線が開通したのは、オリンピック開催のわずか9日前だった!

オリンピック中継にかけた男たち
自国にいながらオリンピックに参加してもらいたい!世界中の人にリアルタイムで映像を届けるため衛星中継に奔走した男たちを描く!

2020年東京オリンピック開催まであと2年!私たちはその時、世界に先駆けた未知なるテクノロジーを目撃することになるのかもしれません。競技場で躍動する選手たちに惜しみない拍手を送っているかもしれません。でも忘れないで欲しいのです。オリンピックを成功に導くために奮闘する、“メダルなきヒーローたち”がいるということを…。

吹浦忠正さんは当時20歳の早稲田の学生だった

吹浦さんは1964年の東京オリンピックで国旗の準備に奔走した男たちの一人だった。

20歳の学生に国旗の準備を任せるとは中々大胆なことをするものだ。プレッシャーも相当だったのでは?

吹浦忠正のプロフィールは

氏名    吹浦 忠正(ふきうら ただまさ)
生年月日  1941年3月17日
年齢    76歳
出資地   秋田県秋田市
出身校   早稲田大学大学院
職業    評論家

国際赤十字バングラデシュ・ベトナム各駐在代表、
日本赤十字中央女子短期大学助教授、

埼玉県立大学教授を経て
ユーラシア21研究所理事長、
拓殖大学客員教授
難民を助ける会特別顧

スポーツ関係の仕事も多く、
第18回夏季オリンピック東京大会組織委員会国旗担当職員
長野冬季オリンピック大会組織委員会式典担当顧問を務める。

東京パラリンピック(1964年)では組織委員会のメンバーとして大会運営を担当している。

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なぜ大学生の吹浦氏が選ばれたのか

吹浦さんは小さい頃から国旗に興味があったという。
小学校4年の時の世界地図に載っている国旗を見ているのが好きだった。
「どうして北ヨーロッパの国々の国旗は似ているのか」

国旗についての色々な疑問がわいてきたのだという。
その疑問の答えてくれる先生はいなく、
自分で調べるようになったのだという。

そして、大学生にして国旗に関する本を2冊も出版していたという。

国旗について外務省や日本赤十字社、日本ユネスコ協会連盟に
オリンピック協会が照会したところ吹浦さんの名前が挙がったと言われている。

月給は8000円。

高かったのか、安かったのか。。。
大学生しながらの最年少職員の吹浦氏。

ご苦労が多かったかでしょう。

オリンピック協会からの指示
オリンピック憲章で

「各国旗は同じサイズにすること」」

協会からすれば、揃ってなければ、困ることばかりだろうから
当然といえば当然。

しかし、バランスの問題もあって苦労したようだ。
その様子はあ「アンビリバボー」で説明があるだろう。

国旗作りの問題点

縦横の比率が各国違うのを揃えること

まずは各国の131か国の国旗を調べ各国へ確認をとる

それから、国旗作りに入る
協力を依頼したのは日本信号の三宅徳雄さんという
旗づくり会社の人だった

サイズは3種類必要
開会式用、会場用、表彰式用

素材について
ナイロン、ウールと強度や色落ちなどを調べて
「エクセラン」という新素材に決定。

しかし、当初の予定の3000枚から4000枚で予算が大幅オーバー
してしまった。

大会中、国旗に関するミスは一度もなかったという。

 

著書
・血と泥と バングラ・デシュ独立の悲劇 読売新聞社 1973
・国旗についての12章 日本YMCA同盟出版部 1984.10
・聞き書日本人捕虜 図書出版社 1987.5
・難民 世界と日本 日本教育新聞社出版局 1989.9 (世界と日本シリーズ)
・捕虜の文明史 1990.9 (新潮選書)
・赤十字とアンリ・デュナン 戦争とヒューマニティの相剋 1991.9 (中公新書)
・日の丸の履歴書 あなたの知らない日本の国旗・世界の国旗 ネスコ 1992.1
・難民少女ランちゃん お医者さんになったベトナムの少女 大日本図書 1993.11 (ノンフィクション・ワールド)
・国旗総覧 古今書院 1993.11 (ユネスコ選書)
・にっぽん国際人流志 自由国民社 1993.3
・海外ボランティア入門 自由国民社 1994.7 (J.K books)
・「日の丸」を科学する 自由国民社 1995.9
・世界の国旗ポケット図鑑 国旗を知れば世界の現在が見えてくる・全193カ国の国旗の秘密と最新データ オリジン社 1996.9 (主婦の友生活シリーズ)
・世界の国旗 地球を結ぶわたしたちの旗 ほるぷ出版 1997.10
・NGO・海外ボランティア入門 難民を助ける会20年の軌跡から 自由国民社 1999.8
・愛唱歌とっておきの話 歌い継ぎたい日本の心 海竜社 2003.4
・国旗で読む世界地図 2003.6 (光文社新書)
・「平和」の歴史 人類はどう築き、どう壊してきたか 2004.5 (光文社新書)
・捕虜たちの日露戦争 日本放送出版協会 2005.9 (NHKブックス)
・社会人の社会科 知って差がつく現代用語の使い分け 祥伝社 2006.6
・世界の国旗ビジュアル大事典 学習研究社 2007.2
・ぬりえ世界の国旗 ほるぷ出版 2008.6
・知っておきたい「日の丸」の話 国旗の常識・日本と世界 2010.2 (学研新書)

ビートたけしさんがコメンテーターを務める人気番組アンビリバボー。

東京オリンピックについてはたけしさんも思入れもあるのだろう。1964年当時、たけしさんは17歳だった。
多感な時期に東京オリンピックは開催されたのだった。

ビートたけしさんが1964年の東京オリンピックの思い出について
ホームーページでコメントが出ている。

Q. 1964年開催の東京オリンピックの思い出は?

「東京オリンピック開催前に、環七ができたけど、当時、自宅が環七のところにあってね。親父が区議会義員にお宅の所に環七が走るから、お金が入ると言われて、毎晩酒飲んで宴会騒ぎしていたら、2メートル先に道路が通っちゃってね。ダンプカーが砂利撒いてて埃まみれで、洗濯物も干せなくて、毎日親父とお袋が喧嘩してたんだよ。土地が売れた人はお洒落なレストランとか始めてお金持ちになっちゃって、こっちは酷い目にあったんだよね。やっぱり良い思い出ないなぁ」

Q. ご自身にとってオリンピックとは?

「国際的なイベントは、喜劇と悲劇が存在するものなんだよね。オリンピックの悲劇と言えば、水泳の古橋廣之進。1948年ロンドンオリンピックには出られなかったけど、日本水泳連盟が日本選手権をロンドンオリンピックの水泳競技決勝と同じ日に行い、古橋が世界記録を出したけどいろいろといちゃもんつけられて、認められなかった。翌年の全米選手権で圧勝して世界新記録樹立したけど、1952年ヘルシンキオリンピックでは、すっかりピークを過ぎていて負けちゃうし。柔道の山下泰裕も、1980年のロシアオリンピックをボイコットしてなければ、金メダリストとして2連勝できたはずなのになぁ。オリンピックというのは、悲劇と喜劇が繰り広げられるよね」
Q. 2020年東京オリンピックで観たい競技はありますか?

「100メートルとか陸上競技がみたいな。ボルトの後、誰がでてくるのかな?ジャマイカ選手なのか、アメリカの選手なのか。やっぱり注目したいのはフィールド競技とトラック競技だね。オリンピックでゴルフは見たくないよなぁ。マスターズあるし。サッカーもワールドカップがあるからなぁ」
Q. 2020年東京オリンピック演出は、山崎貴氏ら複数の専門家がチームで手掛けるとのことですが。
「俺もずっとうわさがあったけど、誰も俺にコンタクトを取らないんだよね。宇宙船で入場とか見事な演出だったのになぁ。座頭市の点火式、火薬でドーンなんて、過激な演出を言い過ぎちゃったかな。俺は危険でやらせてくれなかったな。残念な結果だったね。ボロクソに言う準備しておかなきゃ(笑)」

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