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黒田剛(くろだ ごう)監督 柴崎岳の恩師、青森山田高サッカー部監督「小学生の頃からずば抜けていた。」

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黒田剛(くろだ ごう)監督とは

青森山田高校のサッカー部監督を20年以上務めている。
青森山田高校サッカー部は全国
柴崎岳選手を始め30人を越えるJリーガーを育てている。

青森山田高校サッカー部とは

国民体育大会(国体)、全国高等学校サッカー選手権大会(選手権)、全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会(インターハイ)など、上位の常連校。
第95回選手権では優勝を果たしている。

青森山田中学高等学校は
青森県青森市にある中高一貫の私立中学校・高等学校である。
サッカー、卓球、硬式野球、バドミントン、自転車競技、柔道などの部活動が全国レベルの活躍をしており、多くのスポーツ選手を輩出している

青森山田高校サッカー部は、1970年に創部
1989年 田口光久監督が就任した頃から強化
1991年 選手権とインターハイの全国大会に初出場

1994年に黒田剛監督が就任
そこからさらに青森山田高校の快進撃が始まるわけですね。

黒田剛監督のプロフィール

生年月日  1970年5月26日
年齢    48歳
出身    北海道
学歴    登別大谷高等学校
大阪体育大学
職歴    ホテル勤務

1994年 青森山田高校コーチ就任
1995年 監督就任

監督しての成果はというと

1995年 第74回全国高校選手権 出場
1997年 第75回全国高校選手権以降毎年出場
2000年 第79回高校選手権 高校総体 ベスト4
2005年 高校総体優勝
2009年 第88回高校選手権 準優勝(柴崎岳出場)
2016年 第95回高校選手権 優勝

プリンスリーグ東北
2003年に開始
2010年まで8年連続で優勝している。

高円宮杯U-18プレミアリーグ
2011年に開始
初年度から参加し、毎年残留している。
2016年 高円宮杯U-18チャンピオンシップ獲得

2006年 公認S級コーチライセンス認定
つまり、Jリーグの監督ができることだそうです。

これだけのみても監督としての手腕が素晴らしいということがわかります。

黒田剛監督は柴崎岳を「センスの塊のような少年」と

それだけ素晴らしい黒田剛監督が柴崎岳と出会ったのは
柴崎岳が小学校6年生の時だったそうです。

センスの塊のようなような少年がプレーしていると思ったそう。
その時のことを黒田剛監督は

「才能はずば抜けていた。周りを360度見られる視野の広さを備えていて、小学生のレベルではなかった」

と語っている。2004年、地元・青森の大会で柴崎岳が小学6年生の時だ。

そして、黒田剛監督は青森山田中へ誘った。

プロを目指していた柴崎岳に対して黒田剛監督はいつも最高の環境を与えてきたという。

「中学2年で高校生の練習に入れ、3年の時は日本ユースや東北のプリンスリーグに全試合出場させた。高1は柏、高2で鹿島の練習にも参加させました」
と黒田監督

いつも高いレベルでのプレーに、柴崎岳はいつも挫折を味わったという。

体がそんなに大きくない柴崎岳。
守備での貢献、運動量、フィジカルの強さ…など、
満足することはなかったのでしょう。

今でも柴崎岳の練習の虫は有名ですが、その頃から続いているのでしょう。
中学、高校の6年間、チームの朝練習前、夜が明けきらない午前4時から、自主的にグラウンドに立って、自らの弱点克服に努めた。
「彼のサッカーへの姿勢には、頭が下がる。精神的にもたくましくなった」

と黒田監督は言う。

そして、高校2年生の時にすでに鹿島アントラーズと仮契約を結ぶことになった。
高体連所属の高2選手がプロ契約を交わしたのは史上初めてだったそうです。
それほど、鹿島は柴崎岳が欲しかったのでしょう。

さらに柴崎岳には周りにも恵まれていて
高校3年生の時、大会スポンサーの招待でW杯南アフリカ大会を現地観戦することができた。
これには黒田監督も同行している。

現地では元南ア代表で日韓W杯主将を務めたルーカス・ラデベ氏ら名選手と対面。

W杯で戦う姿勢、プロでやることは社会貢献の一つであることなど、プロとしての考え方を教わったという。

漠然とした夢が現実のもの、手が届く目標にイメージができた瞬間ではないかと監督は言っている。

今回のワールドカップロシア大会のメンバーに選ばれた時にも
柴崎岳は黒田監督に

「中高6年間、僕をここまで大きく成長させてくれてありがとうございます。青森県、青森山田の名を背に、W杯を頑張ってきます」
とメールを送っている。

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柴崎岳のスペインリーグ

柴崎岳は期待されつつも挫折の中サッカー選手として大切に育てられてきた。

鹿島アントラーズの中でも同じだったよう。
常に高いレベルでプレーすることで努力をしてきた。

スペインにいっても同じだった。
2016年鹿島アントラーズの10番を背負い
12月18日、クラブワールドカップの決勝へ進出

相手はあの「レアル・マドリード」
負けたとは、少しもひるむことなくレアルマドリードから2点を取ったのが柴崎岳だった。
世界に衝撃を与え、スペインリーグへ行くことになった。

そのチームは2部リーグのテネリフェ
小さな島で漁業の島だったという。
しかし、環境に馴れず、苦しんだ。10日間で7キロも痩せてしまうということに。

しかし、彼の不屈の精神はここでも生きたのでしょう。
その後は大活躍を果たす。

昇格プレーオフでヘタフェに勝つことができず、1部昇格にはならなかった。
しかし、その相手だったヘタフェに移籍が決まった。

背番号は10番、期待の大きさが分かりますね。

ワールドカップが終わりリーグは始まり
8月20日、開幕戦のアスレティック・ビルバオ戦でスタメンからスペイン1部デビューを果たします。

9月16日第4節のFCバルセロナ戦で初ゴールを決めます。
このゴールは、リーグ戦とCLで無失点を続けていたバルセロナのGKマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンの無失点記録を破るゴールだった。

レアルマドリードといい、バルセロナといい、ビッグクラブからゴールするところがやっぱり持っている男なのかもしれませんね。

「レアルとバルセロナの両クラブから得点を奪った初の日本人」
とまた拍が付いてしまいました。

しかし、この試合で負傷交代、試合後病院から「左足中足骨の骨折」と発表。

手術し最大2ヶ月と離脱となってしまいました。

プライベートではワールドカップが終わった2018年7月16日
女優の真野恵里菜(まのえりな)さんと結婚

ケガ、手術、リハビリとなると新婚である妻の存在が大きいでしょう。プレーできない分一緒にいる時間も多い。
夫婦の絆が強くなる時かもしれませんね。

このタイミングでの結婚もやっぱり持っている男なのかもしれませんね。

柴崎岳に負けた男は誰?衝撃のアノ人に会ってみた!

2018年8月2日放送「衝撃のアノ人に会ってみた!」

柴崎岳に負けた男と黒田監督との秘話が出るようです。

予告では
柴崎岳に負けた男は今…高校サッカー恩師との秘話

それは誰なのか
黒田監督とどんな秘話があるのか
番組を見てのお楽しみです。

その他の番組内容は

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