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西鉄バスジャック事件 山口由美子さんその後物語、ネオ麦茶事件の17歳の犯人は今、直撃!シンソウ坂上でドラマ化

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西鉄バスジャック事件を直撃!シンソウ坂上でドラマ化

2018年5月4日放送 直撃!シンソウ坂上でドラマ化

山口由美子さん役を松下由樹さんで
山口さんの友人・塚本達子さん役に黒田福美さん
犯人との交渉にあたった機動捜査隊隊長役に相島一之さん
バス運転手役にダンカンさん
犯人役に今井悠貴さんが演じる。

番組予告は

2000年5月3日に起きた「西鉄バスジャック事件」。
番組では、この前代未聞のバスジャック事件を、実際の報道映像を交えつつ、当時の捜査官や被害者へのインタビューを元にドラマで再現。
ドラマ主演には松下由樹、他豪華キャストでお届けする。
▽犯人は17歳の少年…わずか17歳の少年がなぜ犯罪を犯したのか?そして、当時中継もされたあの衝撃の突入劇の舞台裏を元捜査員がテレビ初告白。さらに、少年の狂気と向き合った被害女性の知られざるその後の物語を描く。
▽あれからちょうど18年後の今日、今夜は緊急生放送で事件の真相に迫る。

突入した元捜査員の話や
被害者となった山口由美子さんと再会していた犯人の少年は?

西鉄バスジャック事件とはネオ麦茶事件

2000年(平成12年)5月3日に発生したバスハイジャック事件

西鉄高速バス乗っ取り事件
佐賀バスジャック事件
ネオむぎ茶事件(ネオ麦茶事件)とも呼ばれた。

インターネット掲示板の2ちゃんねるに犯行予告の書き込みのハンドルネームがネオ麦茶だったことからネオ麦茶事件とも言われた。
ネオ麦茶の名前の由来はハンドルネーム「むぎ茶」を名乗っていた2ちゃんねる創設時の常連利用者に
ギリシア語の接頭辞「ネオ」を付けて名乗った。

「むぎ茶」は当時の2ちゃんねる内で流行った隠語
むぎ茶は「スーパーハカー」( = スーパーハッカーの意味)
自称「パソコンに詳しい」という意味のようだ。

2ちゃんねる内で犯人を煽るような書き込みを続けていた東京都の男性は、事件後、佐賀県警から事情聴取を受けている

西鉄バスジャック事件の内容

事件が起こったバスは、2000年5月3日12時56分頃

佐賀第二合同庁舎(佐賀県佐賀市)発
西鉄天神バスセンター(福岡県福岡市中央区)行きの

西日本鉄道の高速バス「わかくす号」
(西鉄バス佐賀営業所所属車両、登録番号:佐賀22き ・258、車番8544、型番はU-RU2FTAB)

西鉄天神バスセンターには14時6分に到着する予定だった。

事件発生時間は13時35分頃、九州自動車道の太宰府インターチェンジ付近

凶器を持った当時17歳の少年が運転手に近づき、乗客に対して
「天神には行くな、このバスを乗っ取ります。」
「おまえたちの行き先は天神じゃない。地獄だ。」

とバスを乗っ取った。

少年は西鉄天神バスセンターに行かずに九州自動車道をしばらく走行するように運転手に指示する。

乗客にもいろいろ指示をしたのち、カーテンを閉めさせた。

山口県の山陽自動車道に達するまでに乗客3人を傷つけた。
2人が負傷し女性1人が死亡した。
日本のバスジャック事件において人質が死亡した初めての事件となる。

事件発生から15時間30分後に機動隊員15名が突入し犯人の少年は逮捕された。

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西鉄バスジャックに巻き込まれた山口由美子さん

西鉄バスジャックのバスの乗り込み、被害にあった山口由美子さん傷つけられた3人の方の一人。
亡くなった女性は山口由美子さんの知り合いの塚本達子先生

その方は小学校の教諭を経て、子育て・教育支援として「幼児室」を立ち上げ、「成績ではなく、子どもと向き合う」ということを、よく話していた方だったそう

山口由美子さんの娘さんが不登校になった時に助けてくれた恩師たった。
「子どもは自ら育つ力を持って生まれてくる。
大人はそれを援助するだけでいい」という言葉があって
娘さんが自分で立ち上がるまで待つことができたと思っていたそう。

山口さん自身も、10ケ所程(顔・後頭部・首・腕)など傷つけられいてバスの床の上に転がされ、意識が遠のいていったという。

一命を取り留めた山口由美子さんは病院でも、退院してからも考えていたのは犯人の少年のことだったという。

何度も思い浮かぶ
「私の子どもと、この少年の違いは何だろう?」

当時カウンセリングを受けていた佐賀県精神保健センターのカウンセラーが
「あの子にも居場所があったらね・・・」

事件から5年後、少年との面会が実現する。
山口由美子さんは少年に
「誰からもわかってもらえず、つらかったんだね」

と伝えると少年は心から謝罪したという。

山口由美子さんは「ほっとケーキ」を立ち上げる

2002年4月設立NPO法人の登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク

【佐賀県】親の会 ほっとケーキ」を立ち上げる。
翌年5月には子どもたちの居場所
「ハッピー・ビバーク…山の休憩所」を立ち上げた

犯人の少年の生い立ち

山口由美子さんは退院後犯人の少年のことを知る

1983年3月に佐賀県で生まれる。

事件当時
父親はサラリーマン(建設機械会社)
母親は役所の保健師
中学生の妹

両親ともに教育熱心、母親は近所でも有名だったという。

幼少期は落ち着きがなく
小学生になると成績も良く周囲からは優等生と見られていた。

中学生時代、2年生までは学年2位の優秀な成績だった、
運動が苦手だったため同級生からのいじめを受け始める

両親が中学校にいじめを訴えるも学校や教育委員会は谷口に対するいじめを認めなかったという。

佐賀県立致遠館高等学校という進学校に入学するも9日間で不登校、5月には退学。
家に引きこもるように。

そして、パソコンの2ちゃんねるにのめり込んいき、「ネオ麦茶」の誕生となる。

母親を「貴様」と呼び家で物を壊し、暴れるように
特に妹に対して、きつく当たっていた。
近所の人も妹の悲鳴を聞いている、

危機感を持った両親は
2000年3月5日、佐賀県警と国立肥前療養所に電話する。
肥前療養所はすぐに少年の医療保護入院を許可し、即日入院させた。
入院が決まった時に少年は両親に
「貴様ら、前から僕を精神科に入院させることを考えていたのか。この恨みは絶対に忘れないからな。覚えていろよ」

と言っていたが入院すると
医療スタッフや他の入院患者たちにも礼儀正しく、家庭内暴力で家族を悩ませていたとは思えないほどしっかりしていたという。

そして、医者はゴールデンウイークに外泊許可を出してしまった。その時に起こった事件だった。

西鉄バスジャックの犯人の少年のその後は

西鉄バスジャック事件で逮捕された少年は佐賀家裁より
「5年以上の医療少年院送致とする保護処分」が下った。
京都医療少年院に収容された。

西鉄バスジャック事件の少年は
2006年1月、23歳の時、医療少年院から仮退院
3月まで保護観察処分となり

同月26日に保護期間を満了して本退院した。

現在は35歳になっている。

バスジャックのマニュアルがなかった

当時は異常事態を密かに外部に知らせる仕組みがなかった。
乗務していた運転手は、ハザードランプの点灯やパッシングをするなど外部に異常事態を伝えようと努力をしていた

通報があったのは北九州市門司区の九州自動車道新門司インターチェンジとされている。

西鉄佐賀自動車営業所では西鉄天神バスセンターへ到着しない当該バスに対し所内から何度も無線で当該バスに応答を求めたが応答はなかった。

西鉄は15時30分頃に、本社内に対策本部を設置し約20人が情報収集したが、この時点ではまだ、何もわからなかったという。

さらに乗っ取られた高速バスのわかくす号は予約制でなかったため乗客の身元の確認に時間がかかった。
しかも当日は博多どんたくの期間中で、バスセンターや高速バスの利用者も多かった。

西鉄バスジャックがきっかけでバスジャック対策の整備

日本バス協会ではこの事件を機に、バスジャックに対する統一対応マニュアルを作成し各種の緊急連絡体制の整備を決めた

バス車両にも各種のバスジャック対策装備品の装着ができている。
車内の異常事態を車外から察知できるように工夫ができた。
ハザードランプの高速点滅や車両後部に設けた非常灯の点灯
行先表示に「SOS」「緊急事態発生」などと表示など。

さらにバスジャック保険も整備された。

西鉄では独自の対策として、ヘリコプターでの追跡時に上空から車両を特定できるよう、屋根上に車両番号を表示するようになった

車外への脱出が容易にできるよう一般路線バスについてそれまでの逆T字窓からT字窓へ仕様変更

2014年7月にバスジャックが発生したが、
運転手の通報装置作動により会社側は緊急態勢を取り、バス後部に表示された「SOS 110番へ」をみた複数のドライバーから通報があり、事件解決の助けになったとされた。

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