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田嶋幸三の夫人も凄かった!日本サッカー協会会長
「情けない…誇り持っているのか」

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田嶋幸三は日本サッカー協会会長及びアジアサッカー連盟(AFC)理事

2017年12月16日のサッカー日本代表が東アジアE-1選手権で韓国代表に1-4で惨敗したことを受けての発言が凄かった。

試合後に「ひと言、情けない」
さらに

「試合に負ける、デュエルに負ける、それ以前の問題。日本代表としての誇りを持っているのか。井手口がマークされている中で、自分たちで打開するアクションを求められているのに…、残念極まりない。久々にこんな試合を見た気がする。W杯予選で負けたり、引き分けたことがあるが、次元が違うレベルでの情けなさだ」

と冷静な口調ながら辛辣(しんらつ)な言葉を並べた。

田嶋会長は試合後のハリルホジッチ監督とは「話してません」と言った。

頭がよく、冷静で温和な田嶋幸三さんがここまでいうのはかなり珍しい。
よほどのことだだろう。
確かに途中で見るのがイヤになるほどの試合ではあったが。

田嶋幸三のプロフィールは

生年月日   1957年11月21日
年齢     60歳
出身地    熊本県天草郡
育ち     東京都世田谷区
学歴     世田谷区立用賀小学校
世田谷区立用賀中学校
浦和南高校
筑波大学

サッカー歴

用賀中学校3年時に関東大会で優勝
全国大会を制覇
高校選手権優勝
大学4年時 日韓戦の前座試合で大学選抜の日韓戦に出場
これがきっかけで日本代表に選出
日本サッカーリーグの古河電気工業サッカー部(現ジェフユナイテッド千葉)に所属
3年目で大学院を受験して合格し、大学院に通いながらプレーした
3年目の1982年シーズンを最後に退社

余談ではあるがサッカー漫画「赤き血のイレブン」は浦和南高校のサッカー部がモデルである。主人公ではないが田嶋さんはそのモデルのサッカー部員の一人
創部6年目の同校サッカー部が高校総体、国体、高校選手権の三冠を達成した逸話を基にこの作品は作られた

「キャプテン翼」がサッカー漫画としては世界的に有名だが
この作品が当時のサッカー少年の間で人気を獲得したことから、1980年代に『キャプテン翼』が登場する以前に影響を与えた作品と評されている

指導者へ

1893年  西ドイツ(当時)に留学し指導者への道を歩み始めた
1983年から1986年までの2年半、西ドイツのケルン体育大学へと留学しB級コーチライセンスを取得
筑波大学大学院(同大学サッカー部コーチ)を経て
1988年    立教大学講師
1990-1995年 同大学助教授。また同大学サッカー部コーチ
1996年から筑波大学客員助教授として、S級指導者養成にかかわる。
1993年から1996年 日本サッカー協会強化委員会委員(1994年からは副委員長
1996年 指導委員会委員
1998年 技術委員会副委員長と強化担当ポストを歴任。

1999年 U-15日本代表監督に就任
U-17世界大会に出場を果たす
U-19日本代表の指揮
技術委員長へ昇進のため退任
2006年 日本サッカー協会専務理事に就任
2010年 専務理事との兼任で副会長に就任
2011年1月6日 FIFA理事選挙では田嶋が落選、FIFA理事のポストを失うアジアサッカー連盟(AFC)理事には選ばれる
2013年6月 公益財団法人日本オリンピック委員会常務理事に就任
2015年4月 国際サッカー連盟(FIFA)理事選挙に立候補、当選
2016年1月 初となるJFA会長選挙で原博実を破り当選。同年3月に会長に就任

JFAアカデミー 福島初代スクールマスター
若年層の育成システム構築に深く関わり、著書も多い

とプロフィールをみるとわかるように、とにかく小さい頃から
賢く、プレイもとてもクレバーだった。
性格も穏やかで礼儀正しく、田嶋さんのことを悪く言う人はほとんどいかった。

そして、何より、日本のサッカー界の発展に何をすべきが考え
ドイツにサッカーのプレイヤーではではなく、指導者として武者修行に行っている。

現在Jリーグが発足してここまで発展させることに力を注いだ一人である。

その田嶋幸三さんがこんな辛口なコメントするのは、本当に珍しい。

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田嶋幸三夫人はスポーツドクターだった

妻の土肥美智子さんはは内科医

さらにFIFA医学委員会委員およびオリンピック日本選手団スポーツドクター

2016年5月からサッカー日本代表の合宿に参加している

過去にはなでしこジャパンが優勝した11年女子W杯ドイツ大会でドーピングと選手の健康管理を担っていた。

ハリルジャパンの内科医として試合にも同行している。

土肥美智子(とびみちこ)のプロフィール

生年月日 1965年10月20日
年齢   52歳
出身   東京都
学歴   白百合学園高校
千葉大学医学部を卒業
国立スポーツ科学センタースポーツ医学研究部に副主任研究員(内科医)として所属
専門はスポーツ外傷診断学

2008年に行われた北京オリンピック、
2010年に行われた広州アジア大会、
2012年に行われたロンドンオリンピックにおいて

スポーツドクターとして選手団に帯同している
FIFAの医学委員会委員、女子委員会委員を務めている

日本サッカー協会ではスポーツ医学委員を2010年と2011年に務めている

以前は、福島県楢葉町のJヴィレッジ内にある、FIFAゴールプログラムとして世界初のスポーツ医学施設であるJFAメディカルセンターに勤務

田嶋幸三の家族は

田嶋幸三さん、妻の土肥美智子さん、と息子さんがひとり

息子の田嶋凜太郎(たじまりんたとろう)さんは

1997年4月8日生まれでプロサッカー選手
現在はクロアチアの NKディナモ・ザグレブでプレーしている。

兄は熊本県天草郡苓北町町長(1991年-)の田嶋章二、
甥(夫人の姉の息子)はプロサッカー選手の日高慶太。

日本のサッカー界になくてはならない人だ

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