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木村藤子は飯島愛の事も言い当てていた!5年ぶりのテレビ出演で
浅田真央の母の言葉を浅田舞に伝える

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木村藤子は霊能者でテレビ出演して飯島愛を霊視していた

木村藤子さんは5年ぶりにテレビ出演する
以前、金スマで飯島愛さんを霊視。

引退を考えていたことや、その後カメラのないところで木村藤子と飯島愛はでなにやら話していた。その時飯島愛は「えっー信じられない」と叫んだとも言われている。もって2年というセリフもあったともいう。

そして、飯島愛さんはその1年半後36歳にして謎の死を遂げた
自宅での孤独死だった。

飯島愛さんは

本名   大久保松恵
生年月日 1972年10月31日
没年月日 2008年12月17日(36歳)
出身地  東京都江東区
血液型  A型
デビュー 1992年
ジャンル タレント・元AV女優

木村藤子さんは飯島愛さんの何を霊視したのだろう。
飯島愛さんが亡くなった時に、すでに木村藤子さんは
2年後の死を霊視していたのではと話題になった。

浅田真央の母の思いをテレビで浅田舞に伝える

「木村藤子のキセキ相談SP~もう一度あなたに逢いたい」
にテレビ5年ぶりに木村藤子が出演

番組予告では

木村藤子のキセキ相談SP~もう一度あなたに逢いたい【フィギュア浅田舞亡き母へ】

浅田舞へ母最期の言葉は「ごめんね」…「真央には迷惑をかけないで」その意味知りたい!真実に号泣▽叱った直後の事故死…6歳愛娘天国から愛の伝言▽ユカイ親友急死に涙

番組内容
数々の芸能人の未来を的中させ話題となった“スピリチュアルメッセンジャー”木村藤子が5年ぶりにテレビに出演!数々の出演オファーを受けながらも「もう二度とテレビには出ない」と宣言していた木村でしたが「最後にもう一度だけ、人助けのために…」と立ち上がったのが、今回の『木村藤子のキセキ相談SP~もう一度あなたに逢いたい』。木村は、ある日突然命を絶たれた方たちの生前の思いを、その方たちが遺した愛用品や写真、映像から読み取っていくという。愛する人を失った人たちへ、彼女の協力のもと、生前伝えられなかった思いを届ける、感動と奇跡の再会2時間スペシャル。今回、番組の企画に賛同し出演を決めたのが、元フィギュアスケート選手の浅田舞と、ロックシンガーのダイアモンド☆ユカイ、そして交通事故で愛する我が娘を失った方々。
◆浅田は、本音で話せないまま突然この世を去った母が、どんな思いでいたのか…?自分のことをどう思っていたのか…?そして、亡くなる直前に言われた「ごめんね」の意味は何だったのか…?その本当の意味を知るため、これまで封印していた心の闇をテレビで初めて打ち明け、木村と共に思い出の地を訪れながら、母の思いを聞き出す。
◆ダイアモンド☆ユカイは、50代で急逝した親友へ、彼の晩年の本心をたずねる。
◆22年前に事故で亡くなった娘へ、残された母親が当時の後悔の念を相談する。

5年前に「もうテレビには出ない」と言っていたが
浅田舞のためにテレビ出演を決断したという。

厳しかった浅田舞の母が伝えたかった言葉は

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浅田舞ののプロフィール

浅田舞さんと言えば、妹の方が才能あふれいていて
スケートをやる気がしなくなった。

拒食症になり、体重が30キロ代にになり
その後は過食症になり、60キロ代になったこともそこから母との確執も出てきてしまった。

家を飛び出し、反発して金髪にしたこともあると告白もしていた
そんな母は「もう帰って来なくていい」と言い放ったこともあったという。
しかし、母は「真央だけは迷惑かけないで」とも言って
それが心に残っていて、羽目を外しすぎなかったのかもしれないとも言う。

氏名    浅田舞
生年月日  1988年7月17日
年齢    30歳
出生地   愛知県名古屋市名東区
身長    163 cm
コーチ   本田武史

バンクーバーオリンピックで妹の浅田真央さんが銀メダルを取った時も複雑な思いだったという。
その後、母が倒れ、余命を告げられる。
もってあと1年だという。

そうしても、母との確執は取れることはなく、あまり会うことができなかった。

しかし、母が亡くなる一週間前に突然「ゴメンね」と浅田舞に言ったという。
「舞には長女だからといろんなことをさせ過ぎちゃったかもしれないね。」
と言ったという、なぜそんなことを言ったのか浅田舞は不思議だったという。

浅田舞が木村藤子に聞きたかったことは3つ

木村藤子さんはお母さんの写真をみていったことは

心が温かい人だが、融通が効かないので表現が下手だった。

幼少期 なぜ厳しかったのか

母は父よりよりも子供二人のことに一生懸命だったという。
二人を幸せにしたいと言う思いが強かったという。

スパルタでいろんなことを習わされていた。
しかし、「舞は育て方を間違った」と言われのが傷ついたという。

母は、束縛が嫌いな舞に習い事を押し付けてしまったことを
反省しているという。

対立期 なぜあんな発言を

反抗期、高校一年の頃、学校行事にも参加できずにいることで
母のことが嫌いになってしまったという。

そして、母は「もう帰って来なくていい」とか「母娘の縁を切る」とか
言ってしまっていた。

「お願いだから、真央には迷惑をかけないでね」言葉を発してしまった。

木村藤子さんはお母さんは、
「スケートが合わないのじゃと思っている」
舞さんの欠点は「飽きる」

姉妹二人の育て方が違った。それは性格が違ったから
それをやっかむことがあったと思うけど
性格の違いで接し方を変えたという。

浅田舞さんは妹の浅田真央さんに今でも消えないコンプレックスがある

それに対して木村藤子さんは、努力の仕方が違う。
浅田真央さんは血の涙を流しても努力する人
そして、姉の舞さんは飽きる部分があるから性格が違うから気にすることはない。

繊細過ぎる部分と強い部分をが共存できるようになると克服できるでしょう。
今はその途中の段階、時が解決していくだろうと

死の直前 謝罪の本当の意味は

お母さんは亡くなる1週間前に「ゴメンね」という言葉を残していた。
その意味とは
子育てで厳しくし過ぎたこと。束縛し過ぎたことを後悔したという。

ただ、ひたすら、子供のことを考えて生きていた人だったという。
「あなたも親になったらわかるわよ」と
木村藤子さんが言うと、
「それ、母にも言われました」と浅田舞さん。

「それを伝えられていたのなら、良かった」と木村藤子さん。
さらに
「浅田真央さんのことも頼むね」とお母さんは伝えているという。

浅田舞さんの結婚について

木村藤子さんは遅い方がいい。
「あなたはとにかく飽きてしまう性格だから。なぜこの人にために
ご飯を作っているのだろうと思ってしまったらもう、続かない。
ご飯なんか作らなくても、側にいてくれたら良いよという人が
現れますよ、運命の人と出会えたら、別れませんよ」

と木村藤子さんは言っていました。

ということは、別れてしまっている人たちは、運命の人では
なかったことなのでしょう。

木村藤子のプロフィール

氏名  木村 藤子(きむら ふじこ)
生誕  1947年6月8日
年齢  71歳
出身  青森県下北郡田名部 (当時)
職業  霊能者

1990年(平成2年)9月、むつ市内のデパートで開催された爬虫類ショーのアミメニシキヘビが逃げたとき、
その所在を言い当てたとして全国的にその名が知れわたり、『青森の神様』『ヘビの神様』といわれるきっかけとなった。

美輪明宏、江原啓之らと、オーラの泉に出演していたが
5年前にもうテレビには出ないとと言った。

報道
『女性セブン』(2007年5月10日・17日号)
木村藤子 『幸せの絆』 主婦と生活社、2008年6月、
木村藤子 『あなたを変える「気づき」』
小学館、2008年10月7日、

木村藤子 『幸せの風が吹いてくる』 主婦と生活社、2009年7月1日
木村藤子 『幸せの詩が聞こえる』2010年5月1日
木村藤子 『幸せを呼び寄せる30の「気づき」 』2011年3月31日
木村藤子 『幸せになるための「気づき」の法則』 学研、2011年6月21日
木村藤子 『神様が伝えたいこと』2011年10月14日
木村藤子 『気づきの条件 青森の神様・木村藤子物語』2012年2月21日
木村藤子 『神様に愛される生き方・考え方』2012年 7月3日

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