Pocket

日航ジャンボ123便 墜落事故「直撃!シンソウ坂上」で33年目の真相を再現ドラマも さんまも乗るはずだった!

スポンサーリンク



日航機墜落事故ドラマ 直撃!シンソウ坂上SP

日航ジャンボ123便の墜落事故から今年33年目
群馬県御巣鷹山に日航ジャンボ123便が墜落。
520名死亡という、単独機で史上最悪の航空事故。
史上最悪の墜落事故。

直撃!シンソウ坂上SPで、遺族の取材により再現ドラマも放送
事故現場、御巣鷹へ坂上忍さんは遺族とともに登る。

番組予告では

日航機墜落事故33年目の真相!遺族が初めて明かした壮絶人生ドラマ化!絶望する家族を動かしたのは機内で書かれた命がけの遺書だった…▽坂上は遺族と御巣鷹へ

番組内容
シンソウ坂上2時間スペシャルは1985年8月に520人の尊い命を失った「日航機墜落事故」の真相に迫る。 番組では3組の遺族に独自取材を敢行。 墜落事故はどのようにして起きたのか? 残された家族は現在までどのような生活を送ってきたのか? 愛する人を失った人々の物語をドキュメンタリードラマで描いていく。 ドラマには、財前直見、鶴見辰吾、富田靖子、谷花音、岡田浩暉、松井玲奈らが出演。さらに、坂上忍は墜落現場の「御巣鷹」へ。 事故の痕跡を目の当たりにし、坂上は何を思うのか? 遺族への直接インタビューも行い、事故から33年経った今だから話せる想いを聞く。

ドキュメンタリードラマ出演者
財前直見 鶴見辰吾 富田靖子 谷花音 岡田浩暉 松井玲奈 他

日本航空123便墜落事故は

日本航空123便墜落事故は1985年8月12日18時12分
東京(羽田)発 大阪(伊丹)行

離陸から12分後、18時24分、異変が発生。
相模湾上空を巡航高度の24,000ft (7,200m) へ向け上昇中、23,900ftを通過したところだった。

突然の衝撃音と共に、垂直尾翼は垂直安定板の下半分のみを残して破壊。
この機の操縦システムに必要な作動油が全て流れ出し、
制御不能になってしまった。

その後、フゴイドやダッチロールを起こした機体は迷走するとともに上昇、下降を繰り返す。

空気抵抗を利用する降下手段として、車輪を降ろす。
富士山東麓を北上し、山梨県大月市上空で急な右旋回をしながら
高度22,000ftから6,000ftへと一気降下する。

その後、機体は羽田空港へ向かおうとするも、埼玉県上空で左旋回し、群馬県南西部の山岳地帯へと向かい始める

「垂直尾翼の大部分を失った状態」

驚くことに日航ジャンボ123便、JA8119型機は「垂直尾翼の大部分を失った状態」で飛行していたことが、奥多摩町で一般人が撮影した写真によって判明する。

垂直尾翼がなく、油圧もコントロールできず、
32分もの間、飛行できたのは、乗務員たちの技術の高さと言えると言われている

運航乗務員は

機長    高濱 雅己(たかはままさみ)  49歳
副操縦士  佐々木 祐(ささき ゆたか   39歳
航空機関士 福田 博(ふくだ ひろし)   46歳

客室乗務員 チーフパーサー:波多野 純(はたの じゅん、39歳)

同じ被害者だったが、日航の社員ということで被害者家族として
扱われなかったことも後に明らかになっている。

スポンサーリンク



日航ジャンボ123便の生存者は4名

生存者は4名、いずれも後ろの座席に乗っていた人だった。

日航客室乗務員で当日は客として乗っていた落合由美さん、
吉崎博子さんと美紀子さんの親子、
当時12歳だった川上慶子さんの女性4人だった。

川上慶子さんがヘリコプターで釣りあげられるシーンは衝撃的なシーンだった

4人のその後は、ひっそりと暮らしているという。
川上慶子さんは看護師になってその後結婚したと言われている。

日航ジャンボ123便にはさんまも乗るはずだった

明石家さんまさんもこの便の予約をしていて
当時、大人気の「ひょうきん族」の収録が早く終わったため
一本早い便に乗って事故を回避したというのは有名な話。

それから、さんまさんは東京、大阪間は新幹線でしか移動しない。
「明石家さんま」は生かされた命としか言えないように思える。

その他、有名人では、稲川淳二さんは体調が悪く、キャンセルした。
さらに、今は亡き逸見政孝さんもこの便の予約していた。
一家4人で予約してた。夫人が飛行機が嫌いということもあり、
息子の太郎さんが「4人だったら新幹線の方が安いよ」と
新幹線のチケットを手配したため、123便はキャンセルとなった。

直撃!シンソウ坂上SPで坂上忍は何を語る

今回は直撃!シンソウ坂上SPでは、4組の家族を取材。

それぞれ、どんな生活を送ってきたかを紹介する。

スポンサーリンク



スポンサーリンク


Pocket

コメントは利用できません。