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富岡八幡宮事件で宮司・富岡長子さんのブログが話題に
「世の中間違っていませんか」と事件当日に更新
容疑者も死亡、長子さんの弟だった。

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事件の内容は

2017年12月7日午後8時35分ごろ、東京都江東区富岡1丁目の富岡八幡宮内で「人が倒れている」と110番通報があった。

警察官が駆け付けると富岡八幡宮の敷地内で30代から50代の男女3人が倒れていた。

そのうち、50代の男女2人の死亡が確認された。
もう一人は重体。
宮司の専属の運転手の30代の運転手の男性は軽傷だという。

深川署によると、被害者は八幡宮の関係者とみられる男女。
現場には凶器が残っていたという。

4人の間に何らかのトラブルがあったとみて調べている

追記 犯人は長子さんの弟 富岡茂永容疑者

事件の内容が明らかになってきた。
亡くなったのは富岡八幡宮宮司の富岡長子さん58歳
弟で住所職業不詳の富岡茂永容疑者56歳、一緒にいた女の3人

捜査関係者によると
富岡さんが運転手の男性と車で帰ったところに富岡茂永容疑者と一緒にいた女によって被害にあった。
富岡長子さんは、意識不明で病院に搬送されたが死亡が確認された。

その後、富岡茂永容疑者は一緒にいた女と、自らも命を絶ったといいう。
凶器は日本〇とサバイバル〇イフの二種類だったという。

姉弟間でトラブルがあった

神社の氏子らによると、宮司職をめぐって姉弟間でトラブルがあったという。
富岡長子さんは2010年ころに宮司を名乗った。
しかし、怪文書などをまかれるなど、嫌がらせを受けていたという。
それが弟によるものなのかははっきりしていないが。

宮司・富岡長子さんのブログが更新「世の中間違っていませんか」

宮司・富岡長子さんのブログ「世の中間違っていませんか」のタイトル
で2017-12-07 14:45:00に更新されたいる

これが関係あるのでは?と言われている

原文がこちら
私はここ数日、機嫌が良くありません。

何故ならば、忘年会シーズンに突入して、お酒の席に出なくてはならないからです。

私は普段は家で一滴もお酒を飲まないのですが、宴席では多少飲むこともあります。

毎日朝早いので、最近はノンアルコールビールが多いのですが……。

特に嫌なのが神職の集まる飲み会で、一部の神社の神主には、セクハラ、パワハラ、ネグレクト、嫌がらせ……が当たり前のように、横行しているのです。

その事が、私が神職の飲み会に参加しなくなった要因の一つなのですが、それらの行為もそうですが、それを周りの人間は止めるどころか、増長させる事を言っていることすら理解出来ないくらい、モラルがない人が多いのです。

先般もある神社の神主が、私を呼び捨てにして、体を触り、手まで握り、腰に手を当てたので、私はハッキリ拒絶して、「いい加減にして下さい。」と言ったら、??さんが、「まあ、まあ、????さんは、宮司さんと親戚のようなもので、可愛くて仕方ないんですよ」と言い、それを聞いた??さんが、「さすが??さんは上手い事をおっしゃる。」と褒め称えました。

??さんと??さんは同級生で同じ年だから、同じような価値観を持っているのだと思いますが、私は嫌なものは嫌なんです?

それっておかしくありませんか?

間違っていませんか?

勿論親戚でもないし、親しくもないし、可愛くて仕方ないって理由を付けて、相手を増長させる言葉で、暗に、私に我慢しろと言っていることすら理解していないのです。

そんなのおかしくありませんか?

何で私に我慢を強いる事が出来るのでしょうか?

皆さんだって、嫌じゃありませんか?

他人から「お前」呼ばわりされて、体を触られるの、楽しい訳ないですよね?

自分の奥さんや娘さんが、そんな事をされたら、普通は止めませんか?

それをキチンと止められない「仲間」と言う綺麗事に括ろうとする、勇気のない人間が神職だなんて、嫌だと思いませんか?

深川の人達は普通の街の人達ですけど、万が一、そういう事があればキチンと注意してくれます。「失礼だろう」と……。

さすがに江戸っ子ですね?

黙って黙認して、増長させる言葉を吐く、神主と呼ばれる人達は、自分だけが可愛い、ズルくて卑怯で弱虫な人種なのです

このブログを書いた人は被害者だった。
このブログと事件とは関係がないのかもしれない。

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事件現場の場所は

現場の富岡八幡宮は
地下鉄門前仲町駅から東に約400メートル。

富岡八幡宮は

富岡八幡宮は、江戸初期の創建で、将軍家の保護を受け、
「深川の八幡さま」として信仰を集めてきた。
江戸三大祭りの一つ、「深川八幡祭り」で知られる。

江戸勧進相撲の発祥の地として「横綱力士碑」など、相撲関連の石碑が境内に立つ。

御由緒(ホームページより引用)

富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建されました。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。

江戸時代には、源氏の氏神である八幡大神を殊の外尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け、明治維新に際しては朝廷が当宮を准勅祭社に御治定になり、勅使を遣わされ幣帛を賜り、新しい御代の弥栄を祈念されました。

また、庶民の信仰は江戸の昔から大きな歴史の変転を経て現代に至まで変わることなく篤く受け継がれ、今も善男善女の参拝は絶えず、特に毎月1日、15日、28日の月次祭は縁日として大変な賑わいを見せています。

「深川八幡祭り」とは

富岡八幡宮の例祭は8月15日を中心に行われます。俗に「深川八幡祭り」とも呼ばれ、赤坂の日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭とともに「江戸三大祭」の一つに数えられています。3年に1度、八幡宮の御鳳輦が渡御を行う年は本祭りと呼ばれ、大小あわせて120数基の町神輿が担がれ、その内大神輿ばかり54基が勢揃いして連合渡御する様は「深川八幡祭り」ならではのものです。
引用:富岡八幡宮ホームページ

お相撲に関係ある神社だったとは
何だか、今のこの時期に、なんか因縁があるのか

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