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大塚吉兵衛 日本大学の学長が記者会見、場所はどこ?アメリカンフットボールの悪質タックル問題で、バイキングを観ていたのか?

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大塚吉兵衛 日本大学の学長が記者会見を場所は

5月8日に起こったアメリカンフットボールの
日大対関学との試合での悪質タックル問題

刑事事件にもなるかとの中、大塚吉兵衛学長が記者会見を行うと発表になった。

学長の記者会見の場所はどこ

2018年5月25日午後3時30分から、東京都内で都の事。
場所はマスコミには流れているのだろう。

場所は前監督コーチが記者会見を行った場所
と同じ日本大学会館だった。

酷評の前監督、コーチ、会見での司会と
大塚吉兵衛学長は打破できるのだろうか。

今後の日大ブランドにも影響は大きいだろう。
注目される記者会見だ。

冒頭大塚吉兵衛学長は

「関学との定期戦におきまして、本学の所属部員があってはならない奇健康な行為、反則と言うことで、怪我をさせてしまったことに対し、本学の長であります私も非常に責任を感じております」

「被害選手、保護者、関西学院大関係者には謝っても謝りきれない」

「特に当該の選手をひとり記者会見にたたせ、追い込んでしまったことに責任を痛感している」

と冒頭を語った。

バイキングを観ていたのか

5月25日放送のバイキングで坂上忍さんら出演者が
「これだけ騒ぎになっているのに、大学側は何も言っていない」

と言っていた。
それを観ていたかのような大塚吉兵衛学長の記者会見

情報番組の影響は大きいのだろうか

内田正人前監督、井上奨コーチの記者会見は

2018年5月23日に内田正人前監督62歳、井上奨コーチ29歳の記者会見は
東京都千代田区の日本大学会館で午後8時頃から緊急会見を
行うと
約1時間前に発表したとされる。

準備もちゃんとできていなかったのか、記者会見の様子は
マスコミを始め、テレビの情報番組でもネットでも
連日、酷評を獲ている。

謝罪をしつつ、「指示はしていない」と一環否定していた。
内田正人前監督は、全否定だった。
戦略は、コーチが指示、監督は選手と話すこともない。

井上奨コーチは「潰せ」という言葉は使ったが、「ケガをさせろ」の意味ではない。
内田正人前監督は人の事のようだとも言われてしまっている。

さらに司会を務めた広報部の米倉久邦さんの打ち切りの仕方など物議を醸しだしている。

前日行われた宮川泰介選手の記者会見が絶賛された後での
記者会見だったこともある。

宮川泰介選手は5月22日、実名で謝罪会見を行った

先日には、宮川泰介選手は記者会見を行うと公表していた。
さらに
「顔を出さない謝罪はない」と宮川泰介選手の要望で行われた。
覚悟が決まっている。
大学からの付き添いはなく、一人で記者会見を行った。
自分の言葉であったことをすべて話す気持ちでいるようだった。

この行動は、「〇人タックル」「危険タックル」
とタックルを行った選手がひどい選手だと言っていた
避難をガラリと変えた。

すぐに被害者に謝罪に行こうとしていたが、監督から待ったをかけられたこと。

大学に入って好きだったアメリカンフットボールが好きでなくなってしまったこと。

もう、アメリカンフットボールをやることはないと言っていること。
自分のしたことをちゃんと見つめ、反省してことがにじみ出ていた。

この行動に被害者の父親が同情して、コメントを出したほどだった。

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事件の時系列

20018年5月6日 関西学院大学と日本大学によるアメりカンフットボールの定期戦

宮川泰介選手は、3度のラフプレイにより退場となる

抗議文を送り

5月11日 宮川選手の父が「個人的に相手選手と家族に謝りたい」申し出るが監督に「今はやめて欲しい」と止めれられる
5月12日 宮川泰介選手と井上コーチと関西学院大学へ出向くも断れる
5月12日 関学が怒りの記者会見を行い、抗議文を送ると公表
5月14日 宮川泰介選手と父で関東学生アメリカンフットボール連盟の規律委員会で聞き取り調査を受ける
5月15日 日大から抗議文の回答が来る
5月17日 日大の回答を受けて関大学内で鳥内秀晃監督が記者会見
選手への謝罪がないと。
5月18日 宮川泰介選手と父で関学アメフト部と相手選手に直接謝罪をする。

5月22日 宮川泰介選手が謝罪会見を行う
5月23日 内田正人監督と井上奨コーチが記者会見を行う
5月58日 大塚吉兵衛日大学長が記者会見を行う

大塚吉兵衛のプロフィール

氏名     大塚吉兵衛(おおつか きちべえ)
生年月日   1944年6月19日
年齢     63歳
出身     栃木県
第13代日本大学総長・学長
歯学博士

1969年   日本大学歯学部卒業
1970年   歯科医師
1973年  日本大学大学院歯学研究科を修了 歯学博士
1974年  日本大学専任講師
1979年  日本大学助教授[2]
1981年  トロント大学歯学部客員教授 
1993年  日本大学教授[2]
1999年  日本大学学務担当
1999年  日本大学学務担当
2004年
4月    日本大学歯学部次長
10月   日本大学歯学部部長
2006年  日本大学副総長(2007年8月まで) 
2009年  日本大学副総長 
2010年  日本大学総合科学研究所長 
2011年  第13代日本大学総長 
2013年  日本大学学

役員
関東大学ラグビーフットボール連盟会長
社団法人日本私立歯科大学協会副会長

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