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内館牧子 ドラマ脚本家。あさイチプレミアムトークに出演!
トレンディドラマ、元祖スー女で横綱審議委員、元祖大人女子

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内館牧子 ドラマ脚本家あさイチプレミアムトークに出演

2018年6月1日のあさイチのプレミアムトークのゲストは
内館牧子さん

トレンディドラマの脚本家としてドロドロの恋愛ドラマを数多く手がけてきた。

脚本家としてデビューしたのは40歳の時だった。
大手企業で13年間OL時代を経験したからこそ、「元祖オトナ女子」として女性の共感を得たのかもしれない。

内館牧子小説「終わった人」が映画化 公開に

2015年のベストセラー小説「終わった人」が映画化された。

主演は舘ひろしさん、黒木瞳さん

主題歌は今井美樹さん
「あなたはあなたのままでいい」(作詞・作曲:布袋寅泰)

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内館牧子はスー女横綱審議委員だった

内館牧子さんは、子供の頃はいじめられっ子だった。
それをかばってくれたのが体の大きな子だったころから
体の大きい人が好きで、スー女になったとか。

あさイチのプレミアムトークではその男の子「かないくん」を
番組スタッフが探し出した

幼稚園4歳の時、それから小学校3年生の時同級生になった
依頼の話だそう。
「よく探し出しましたね。」と内館牧子さん感動していた。

プロレスも好きで東京スポーツ催のプロレス大賞で特別審査委員も務めていた。

内館牧子さんは元祖スー女横綱審議委員として10年間活動
東京で行われる場所は10日は会場に足を運んでいる。

2009年9月に当時の時津風理事長(元大関・豊山)に任命された。
当時、「スー女」という言葉はなかったが、元祖スー女だ。

横綱の品位に厳しく、横綱たちを非難することから
「横審の魔女」などと言われるようなった。

さらに第68代の横綱朝青龍の昇進には

「成績は申し分ないが、品格の面で問題有り」と反対の意見を述べていた。
その後も朝青龍の常識外れの行動・言動など、その都度、猛批判ししていたことから
「朝青龍の天敵」としてマスコミに大きく取り上げられていた。

半面、スー女として
「私はプロのスポーツ選手として朝青龍をすごく認めますし、超が3つつくほど好き」
「アスリートとしては、150%好き」と発言している。

しかし、横審として
「でも大相撲には相撲道の精神がある。それを無視し続けていた朝青龍と、ビシッとした態度を全く取らない師匠(高砂親方=元・大関朝潮)がいるから、私は毎回鬼のように怒らなきゃならなかった」
「私自身朝青龍に対して、『横綱』としては一切認めていない」

2010年1月25日をもって、横綱審議委員としての任期を満了。

朝青龍は、その1月場所中の1月16日に泥酔暴行騒動を起こしていた。
このことについて
「日本相撲協会は余りにも朝青龍に甘過ぎる。今回も『厳重注意』で済む問題じゃない。普通の企業なら間違いなくクビ、又次に何かやったら『引退勧告』すべきですよ」

10日後の2010年2月4日、朝青龍は度重なるトラブルに責任を取る形で、突如現役引退を表明

内館牧子は元祖大人女子

脚本家として根底にあるのが

大企業「三菱重工」で

仕事も恋もうまくいかずうつうつとした日々を送った13年半に渡るОL時代があるという。

当時はなかった言葉「大人女子」だった。
時代は変われど、OLの気持ちは変わらない。

内館牧子さんは働く女性としての生き方を探りたいとあさイチで語る

当時、大企業を辞める決心するなか上司は

昭和58年7月31日、私は13年半にわたる会社員生活にピリオドを打った。

脚本家の仕事など、先々に何ひとつないのに、世界に名を馳せている一流企業をやめてしまったのである。若さとしか言いようがない。

退職したいと課長に伝えた時、びっくりして呆然と私の顔を見つめた。
「脚本家になる……って、そんなものに急になれるのか」
「なれません」
「仕事はあるのか」
「全然ありません」
「なら、ここにいろ。危ないことするな」
「でも決心しました。会社は居ごこちがいいので、今やめないとずっと居ますから」
「その方が親も安心だろ」

課長は黙り、私も黙った。
「決心が固いか……。いつやめる気だ」
「6月10日」
「変な日だな。7月の給料とボーナスをもらってからやめろ。これから生活大変だぞ」
「私、ボーナスもらってやめる女子社員ばかり見てきて、下品だなってずっと思ってました。ボーナス前にやめます」
課長は大声で笑った。
「7月31日付だ。いいな」
正直なところ、有難かった。
「まだ部長には話さないでおく。気が変わったら、いつでも俺に言え」
「ありがとうございます。でも、やってみます」
「そうか……。もし、食えなくてもヘンなバイトするな。俺に相談しろ。いいな」
私はこんないい上司と別れようとしている。胸に迫った。
そして7月31日、私は仕事もないのに全課員を前に、
「私はきっと向田邦子になります」
と挨拶していた。
ふと見ると、課長がメガネを外して、涙を拭いていた。
私の隣語は「日本語」
すべて日本語で押し通す。
隣語記念日:7月31日
引用http://tjf.sakura.ne.jp/ringokinenbi/#/07/31/mu0731/

40歳にして新しい事に挑戦する勇気は素晴らしい。
ただ、そこまでして引き留めてくれた上司がいたということ
内館牧子さんの人柄なのだろう。

内館牧子のプロフィール

氏名    内館牧子
誕生日   1948年9月10日
年齢    69歳
身長    168cm
出身地   秋田県秋田市生まれ
学歴    東京都立田園調布高等学校卒
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒
職業    1970年(昭和45年)元三菱重工業 横浜製作所に勤務      1987年脚本家デビュー、作家

父親は岩手県盛岡市、母親は秋田市出身
父親は日本冷蔵(ニチレイ)勤務で転勤族だった。

四歳から新潟県、小学校3年からは東京都大田区。

東日本大震災復興構想会議委員
東京都教育委員会委員
ノースアジア大学客員教授
元横綱審議委員会委員

学位は造形学士(武蔵野美術大学)、修士 (宗教学)(東北大学)。

主なテレビドラマ

『特捜最前線』(テレビ朝日)原案。岸牧子名義
・シャムスンと呼ばれた女!(1981年)
・殺人クイズ招待状!(1982年)

『妻たちの課外授業II』(1987年、日本テレビ)後半部のみ2本
『オイシーのが好き!』(1989年、TBS)
『うらぎり』(1989年、TBS)
『想い出にかわるまで』(1990年、TBS)
水曜グランドロマン『男と女のエアポート』(1990年、日本テレビ)
『クリスマスイブ』(1990年、TBS)
『貴族の階段』(1991年、TBS)
『千代の富士物語』(1991年、関西テレビ)
水曜グランドロマン『嫁と姑フリフリ’91』(1991年、日本テレビ)
『あしたがあるから』(1991年、TBS)
『…ひとりでいいの』(1992年、日本テレビ)
『オバサンなんて呼ばないで!』(1992年、NHK)

連続テレビ小説『ひらり』(1992年 – 1993年、NHK)
『都合のいい女』(1993年、フジテレビ)
『出逢った頃の君でいて』(1994年、日本テレビ)
『転職ロックンロール』(1995年、テレビ朝日)
『寝たふりしてる男たち』(1995年、読売テレビ)
『妻の恋』(1995年、NHK)

大河ドラマ『毛利元就』(1997年、NHK)
『愛しすぎなくてよかった』(1998年、テレビ朝日)
『週末婚』(1999年、TBS)

連続テレビ小説『私の青空』(2000年、NHK)

『昔の男』(2001年、TBS)
『私の青空2002』(2002年、NHK)
『年下の男』(2003年、TBS)
金曜時代劇『転がしお銀 父娘あだ討ち江戸日記』(2003年、NHK)
『汚れた舌』(2005年、TBS)
『白虎隊』(2007年、テレビ朝日)
『塀の中の中学校』(2010年、TBS)
『エイジハラスメント』(2015年、テレビ朝日)

内館牧子さんのドラマというと
ドロドロの人間関係。嫉妬や誤解、すれ違いと

「そうそう」と思えるところがたくさんある。

そして、その人間の黒い部分を堂々を出しているところが潔くて納得してしまうところがなんとも面白い。

脚本が「内館牧子」と知ると
ワクワクしてしまう。

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